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前ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました 「あれが主人のためを想って、ですって?」 ようやく衝撃から立ち直ったのか、慧音を召喚した女生徒が声を上げる。気の強そうな 顔立ちであり、性格もその通りのようだ。 慧音はその睨み付けるような厳しい眼差しを、正面から受け止めた。 「恋愛沙汰から身代を潰した例など、歴史を見れば枚挙に遑がない」 「それがあの使い魔のやりようと、どういう関係があるっていうの?」 「そういう悪い癖は、若いうちから矯正しておいた方がよい、ということだ」 「大きなお世話よっ」 より一層肩を怒らせる少女。それが慧音には虚勢だと分かっていた。アリスの行動 自体に怒っている、ということもあるが、自分の生活に踏み込まれるのが不安なのだ。 もちろん、その気持ちも分かる。幻想郷において、妖怪と共存している事を理解しつつも、 妖怪を排斥しようとする人間達がいたように。 それはある意味自然な感情なのだ。 「別に私は、貴女の行動を制限するつもりはない」 「あたりまえよ」 「だが……」 そういいながら、じっと目を細める。何かを見通そうかというように。 「……貴女は嫡子だ。この学院を卒業した後は自分の領土に戻り、 婿を取るまで 領民を指導していくのではないか?」 「……それが何の関係があるっていうのかしら?」 「人々の上に立つ者ならば、自分の一挙手一投足に責任が生じるということを 理解した方がよい」 「だから、大きなお世話よ」 その語句とは裏腹に、口調は力のないものだった。それは逆を返せば、慧音の 言葉の意味を理解しており、普段もその事を考えることがある、ということだ。 とりあえずはこんなところか、と慧音は視線を外した。時間はたっぷりある。早急に 事を運ぼうとすることは苦手なのだ。慧音も半分は妖怪なのだから。 一方、そんな小難しいことを全く考えていない者もいる。 「なんだ。もう終わっちゃったの? ちぇっ」 「不穏なことを言うな!」 その男子生徒は自分の使い魔となった妖精に向かって叫んでいた。周りの友人達の 同情を帯びた視線と、使い魔達の心配そうな視線が集まるのにも、もう慣れた。 最初は喜んでいた。彼が呼び出したチルノという名の使い魔は、自身のことを 氷の妖精だといったのだ。自分の属性にぴったりじゃないか。 しかしどうにもこの妖精、愚かだ。いや、馬鹿と言ってもいいかもしれない。 「あたいだったら、もっとすごいのをどっかーんとやっちゃうのに」 「……自分の主人に、何をするつもりなんだ、お前は」 「あ、そっか」 そのあっけらかんとした妖精の言い方に、彼は大きく溜め息をつく。万事がこの 有様だ。悪意はなさそうなので、怒るに怒れない。しかし困ったことに、馬鹿だ。 本人は、『あたいってば最強なんだから!』などと大言壮語を吐いているが、それ 自体がもう、馬鹿の証拠だ。いや、もちろん最強だったら嬉しい。だけど、こんな 小さな子供っぽい生き物が最強なわけがないじゃないか。 「あに?」 「いや、なんでもない」 チルノは気にした風もなく、自分の食事を再開した。両手で握ったフォークを、 えいやとばかりに振り下ろし野菜に突き立てる。不作法ではあるが、この体の 大きさとフォークの大きさだ。とても微笑ましい。 「にがっ! なにこれ!」 突然顔を歪め、叫びをあげるチルノ。どうやらハシバミ草をかじったらしい。苦みが 強く、あまり好む人はいない。特にお子様には、厳しい食べ物だろう。 「こんなの、こうだ!」 憎々しげに見つめたかと思うと、チルノは両手でハシバミ草を握りしめた。 「えっ?」 思わず声が漏れた。彼の予想に反し、ハシバミ草は砕けたのだ。まるで凍って いたかのように。 恐る恐る指を伸ばし、ハシバミ草だったものの破片をつまみ上げた。 冷たい。本当に凍っている。 彼も氷の魔法を使えるから、その異常さはよく分かる。氷の魔法とは主に、 空気中の水分を凝固させる魔法だ。対象が生物になると、とたんに難易度が上がる。 魔法に対する抵抗力があるから、らしい。 それをこの妖精は、あの一瞬でこのハシバミ草だけを凍結させたのだ。 しかも周りの空気には一切影響を与えずに。 「すごいな……」 「ふふん。あたいにかかれば、これくらい簡単よ」 そういうなり、自分のサラダに手を向け、上から手のひらで押しつぶす。 いつの 間に凍っていたのか、パキパキと音を立て砕けていく。 思わず感嘆の声が漏れた。なるほど、これは確かに自ら最強と言うだけのことは あるかもしれない。ということはこんな使い魔を呼び出した自分もまた―― 「ほら、こんな大きいのだって」 「……ちょっと待て!」 慌てて止めるがもう遅い。ちょっと自分の考え(*22)に囚われていた隙に、色々と 凍っていた。彼の分のサラダも、熱かったはずのスープも、メインの料理も。魚の ムニエルをフォークの先でつつくが、カチカチという堅い感触しか返ってこない。 持ち上げようとしたら、皿ごとくっついてきた。実に見事だ。見事なんだが…… 「おい」 「あによ」 「僕は何を食べればいいんだ?」 「…………あ」 彼は溜め息をつきつつ、チルノの頬を痛くない程度に抓り上げた。きゅーっと(*23)。 「にゃにぃをしゅるーっ」 「それはこっちの台詞だ」 彼はため息を吐きつつ言葉を吐くと、さらにチルノの頬をみょーんと引っ張って みた。その妖精の頬は冷たく、そして柔らかかった。 「それで、ケロちゃんは何が出来るの?」 目を輝かせての問いかけに、諏訪子はげっそりした顔で自らの主人となった 女子生徒に向き直った。 「なんでケロちゃんなの?」 「かわいいから」 真顔で答えられてしまい、途方に暮れる。曰く、帽子が可愛いとか。ちっちゃくて 可愛いとか。この女生徒も決して大きい方じゃないのに。神奈子が本気で羨ましがって いるのが視界の端にちらちらするのが、また腹立たしい。こんな事なら、蛙の化身だ、 などと説明を適当に済ませようとするんじゃなかった。 まあ、親交は得られてるけどね、と気を取り直し、主人となった人間の質問を考える。 何が出来るか。改めて問われると実に難しい質問だ(*24)。どの程度まで、何を伝えれば いいのだろう。 腕を組んで考え込んだ諏訪子をしばらく眺めていた女生徒は、ひょいと諏訪子の 被っている帽子を取り上げた。そして諏訪子と帽子を交互に見つめる。 「なに?」 「帽子を取ったら、本性を現すのかなーって」 「……本性って、一体何を期待してるの?」 「んー、おおきなおおきな蛙?」 こーんなの、と両手を大げさに広げてみせた。周りの人間があからさまに怪訝そうな 顔をする。中には会話が聞こえたのか、諏訪子から椅子を遠ざけようとする女生徒も いた。ちょっと悲しい。ちょっとだけ。 「えー、大きな蛙でも、ケロちゃんなら絶対に可愛いと思うんだけどなぁ」 自分の主人となった少女は、そう言ってはくれている。しかし、自分の本当の姿を 知って、なお同じ態度でいてくれるのだろうか。祟り神のミシャグジをとりまとめ、 恐れと畏れによって諏訪地方を治めていた土着神。それが洩矢諏訪子だというのに。 「それで、ケロちゃんは何ができるの?」 話が最初に戻った。視線は斜め向こう、氷の妖精が起こした騒ぎに向いている。 あれはわかりやすい力だ。もちろん、妖精とはそういう生き物なのだから、当然 なのだが。自分とは違う。何しろ自分は神なのだから。 「……何が出来て欲しい?」 ちょっと卑怯だが逆に聞き返してみた。自分の主人となった人間が、どれほど 自分の力(*25)に期待をしているのか興味があったのだ。 しかし。 「別に、何も出来なくてもいいよ」 「あれ?」(*26) 首を傾げる諏訪子から視線を外すと、その女子生徒は口を尖らせ呟いた。 「……私、魔法が得意じゃないって、自分でも分かってるし」 「それとどういう関係があるの?」 彼女の説明によればこの世界では、メイジの力を見るなら使い魔を見ろ、と言われて いるらしい。その話に従えば、魔法が得意ではない彼女には、大した使い魔はこないの だろう、ということになる。 普通ならばそうなのだろうが、妖怪達についてはどうだろうか。無理矢理に紫が 儀式に割り込んだのだ。果たしてその法則に従っているかどうか。もちろん、 従っていようがいまいが、諏訪子は諏訪子だ。となれば、その話を最大限活用 すべきだろう。 諏訪子は女生徒の手から帽子を取り返すと頭に被り、不敵な笑みを浮かべた。 「そう自分を卑下するもんじゃないよ」 「あはは、いいよいいよ。気を使ってくれなくても」 そういって笑みを浮かべる。痛々しげな笑みを。神の主人となった者に、そして神の 信者(*27)にそんな表情をさせてよいものか。もちろん、良いわけがない。 ならば、やることは決まっている。 「やる気になったようね」 「おや、神奈子じゃない」 「何よ、白々しい」 振り返るとそこには神奈子が、その後ろには、豊穣と終焉を司る姉妹がいる。 そして彼女たちの主人達も、どことなく納得がいかないという表情で付き添っていた。 特にこの二人の小さな神々は、理解されるのは難しいだろう。その能力はある意味、 人間にとってもっとも重要なものだが、それを妖精のやるようにこの場で一瞬に見せて やるというのは酷な話だ。 「ねぇ、何をするつもりなの?」 怪訝そうな顔で問いかけてくる自分の主人に、諏訪子は片目をつぶって応じた。 「このままだと、鬼の酒しか飲めなくなりそうだしね」 「うーん、わけわかんないよ」 頭を抱える諏訪子の主人。その上を、別の人物の言葉が飛び越えた。 「なるほど、それは面白そうですね」 「さすが天狗、酒の話になると早いね~」 「もちろん、酒の話じゃなくても速い(*28)んですけどね」 言わずとしれた射命丸文と、その脇には疲れた笑みを浮かべるシエスタの姿が あった。先程から延々と取材と称して引きずり回されていたようだ。 うきうき、といってもいいような様子の文の機先を制するように、神奈子が釘を刺した。 「でも取材は禁止だよ」 「……まぁ仕方ないですね(*29)。あまりに派手すぎるでしょう。 本当に出来るのならば、ですけど」 「おや、天狗が神々の力を疑うのかえ?」 「滅相もない。でももう時間がありませんよ」 「十分だよ。今から日没まで使えるなら、ね」 あまりにも端から聞いていると要領の得ない会話。その会話に口を挟んだのは、 神奈子の主人となった男子生徒だった。 「しかし、午後の授業が」 「気にしない気にしない」 「そんなわけには行かないわよ」 「もう、お堅いな、ご主人様ってば」 穣子とその主人のやり取りを眺めていた文は、今思い出したというように声を上げた。 「そういえばミス・ヴァリエールでしたか、あの霧雨魔理沙の主人の。 彼女も使い魔と共に出かけたようですね」 「なら問題ないわね」 えー、あんなのと一緒にしないでよ、などと抗議の声をあげながらも、四人の貴族は 四人の神々に引きずられていった。後に残るのは、二人だけ。 「あの……」 「はい、なんですか?」 シエスタは文に恐る恐る問いかけた。 「一体何が起きるんですか?」 「そうですねー」 一瞬考え込んだ文は、いいことを思いついたばかりに手を叩いてみせた。 「そうだ、シエスタさんも来るといい」 「え?」 「取材に付き合ってくれたお礼ですよ」 「はあ……」 「じゃあ、私は別の取材(*30)があるんで、これで」 一体何がどうお礼なのか、ということを聞く間も与えず、挨拶もそこそこにいなくなる文。 あとには、何が何だかわからないシエスタだけが残された。 一瞬、行かずにおこうかとも考えたが、後のことを思ったシエスタは、深くため息を吐いた。 昼食の片付けを終え、雑用をこなしていると、時間は終業時刻になっていた。 「南、でしたよね」 具体的な場所は分からないが、門番の人にでも聞いてみれば何か知っているだろう。 同僚に断りを入れ、まずは門に向かう。南の門の外は確か街道がある他は、特に何も なかったはずだ。一体何がどうなっているというのだろう。 しかし門まで近づいても、特に何もない。知り合いの門番も、退屈げにあくびをしながら 突っ立っている。どうしよう、と途方に暮れたシエスタだったが、その門番が、シエスタの 姿を見かけると声をかけてきた。 「お、シエスタ、人が待ってっぞ」 そして声を潜め、ついでに眉も顰めて問いかけた。知り合いか、と。名前は、と尋ねると、 門番はさらに眉を顰めた。テングの使い、と名乗ったという。 シエスタは溜め息を吐き ながら答えた。知り合いです、と。 「で、その人はどちらにいるんですか?」 「ほら、そこにいるじゃないか」 門番の差す方を見ると、見慣れない服を纏った少女が門の支柱に寄りかかるように 立っていた(*31)。この人も、呼び出された使い魔だったろうか。 シエスタが近づくと、声をかけるより早く身を起こし、じゃあ行きましょう、と踵を返した(*32)。 慌てて追い掛け、横に並ぶ。 「あの……」 「はい?」 シエスタの呼び声に振り返り、人の良さそうな笑みを浮かべる。 「あなたも、ヨーカイなんですか?」 「ええ、そうよ」 「……普通の人間みたいです」(*33) 「あはは、よくそう言われるわ」 まぁ、妖怪にも色々といるから、とその女性は照れくさそうに頭を掻いた。 その紅美鈴(ホンメイリン)という名前の妖怪は、使い魔として召喚される前は門番を やっていたという。色々とそつのない力が、当時の主人に買われたそうだ。 「それで、一体どこにいくんですか?」 二人は門を出て、さらに道を外れて歩いていた。この先には特に何もあるようには 見えない。後ろを振り向くと、門番が二人を気にした様子もなくあくびをしているのが 見える。 「そうね、ちょっと目を閉じててくれる?」 「え?」 「三つ数える間だけ。ね?」 美鈴はそういうとシエスタの瞼の上に手のひらをかぶせてきた。慌てて目を閉じる。 次いで、肩にも手をかけてくれたので、歩くのに支障はない。 「一つ、二つ……」 数を数えながら歩を進める。 「三つ。はい、いいわよ」 言われて目を開ける。そこに広がっていた風景は、先程とは一転していた。 それは一言で言えば、金色の絨毯。つまり、実りの季節を迎えた畑であった。 もちろんそれ自体は、シエスタも見たことはある。しかし今は春。それにここは 昨日まで、何もない荒れ地だったはずだ。 それに大体、先程まで――美鈴に言われて目を閉じるまでは何も無かった筈だ。 幻でも見ているのだろうか? しかし、風が金色の穂を揺らす音までも聞こえてくる。 香ばしいような、どこか郷愁を誘われるような匂いは、この作物のものだろうか? 僅か三歩進んだだけで、どこまで来てしまったのだろう。シエスタは恐る恐る 後ろを振り返った。が、そこには普通に学院の建物が見える。門の脇に立っている 門番も、何事もないようにあくびをしている。 「あれ? なんで分かっちゃったの?」 その声に振り返ると、そこには小さな姿があった。妖精が三人、不満気に シエスタを見上げている。その様子に、美鈴が口を挟んだ。 「だから、あなたたちの力は私には効かないって、何度言ったらわかるの?」(*34) もー、反則よ、などという美鈴と妖精達のやり取りだが、シエスタはむしろ目の前の 風景自体の方が反則だと思った。昼間に漏れ聞いた会話が事実なら、あれから 今までの時間に、実らせてしまったのだろう。それがあり得るかどうか、ではなく、 起きてしまった事実なのだ。 ただ風に揺れているそれは、シエスタが見慣れているものと微妙に違う。 麦だったら、もっと天を向いて穂が立っているはずだが、これは重そうに頭を 垂れている。もしかして妖怪達の食べ物なのだろうか。だから速く育っただろうか。 「そこのあなた!」 不意にシエスタに声がかけられた。 畑に気を取られていたが、その手前には昼に出会った四組の貴族と使い魔がいた。 この声は、その貴族の一人からかけられたものだ。ずいぶんと必死な形相だ、と シエスタは他人事のように思った。 「あなたには、これは何が……どんな風にどうなってる様に見えるの?」 なんともよく分からない質問だが、シエスタは言われた通り、目の前の風景を答えた。 「はい。何か、麦のような作物が、実っているように見えます」 「やっぱり……そうなのね……」 そのまま崩れ落ちるように膝をつく女生徒。一方その横で胸を張る、人間の子供の ような使い魔。その後ろではよく似た使い魔が、自分の主人であろう男子生徒に、 ほら幻覚じゃないでしょ、と話しかけていた。 「魔法で幻覚でも見せられてる、って方がまだ納得できるのに」 「だから、本当に穣ってるのよ。さっき自分でも触ったでしょ」 「まったくだ。お陰で靴が泥まみれになってしまったじゃないか」 どうやら、目の前の風景が幻覚かどうか、ということらしい。先程のシエスタへの 問いかけも、自分以外の人間に同じ風景が見えているかを確認したかったようだ。 「だがこの作物は見たことがない」 別の男子生徒の問いに、この中で一番威厳のある使い魔が答えた。 「これは米よ。ここ(*35)にはないのかもしれないね」 そういうと、意味ありげにシエスタに視線を向ける。 「そんな名前の食べ物、聞いたことはない?」 「いえ……どこかで聞いた気もするんですが……」 「曾祖父に関係することよ」 「……そういえば曾祖父が亡くなる直前に、コメが食べたかった、と 何度も言っていたとか聞いたような気がします」 それが何なのを確認できないくらいに、曾祖父が老いたころの話だった。シエスタも、 他の話のついでに聞いただけのこと。だから別に感慨とかはない。 「それが、これなんですか」 それにこれだけを見ても、まったく美味しそうには見えない。そもそも、どうやって 食べるものなのかも検討がつかない。これも小麦と同じように、臼でひいたりするの だろうか? 「そうよ!」 突然、膝をついていた女生徒が立ち上がり叫んだ。そしてピシリ、と、またあくびを している門番を指差す。 「なんであの門番は平然としてるのよ! そうよそうよ。きっと私達だけ幻覚を見てるんだわ」 「……いい加減、現実を受け入れたら?」 先程から、ケロちゃんすごーい、と、自分の使い魔(*36)に抱きついていた女生徒が、 溜め息をつきつつ叫んだ女生徒の肩を叩いた。 「よくわかんないけどすごい力を持ってることが分かった。これでいいじゃない」 「あなた、よくもそう簡単に割り切れるわね」 「割り切ってないよー。 結局、何がどうなって、こういう状況になってるのか、さっぱりわかんないし」 とはいえ、その顔はどこか嬉しそうだ。 「でも、こんなすごいことができるのが知れたら、大騒ぎになっちゃうかな?」 「大丈夫よ。妖精に誤魔化すように頼んであるし、結界も張ったから。 普通の人間には、何も無いように見えるのよ」 「へぇ、よくわかんないけど、ケロちゃんすごいねぇ」 「あぁ、もう、それはいいから。それに……」 「それに?」 諏訪子は意味ありげに神奈子を見た。神奈子もそれにうなずき返す。 「普通じゃない人には見えちゃうから。ねぇ?」 「そのようね」 そういうと二人の神々は、中空に対して手を振った。 学院長室で遠見の鏡を覗いていた二人は、この神奈子と諏訪子の様子に引きつった 笑いを漏らすことしかできなかった。 「やれやれ、とんでもないの」 「あれも、この使い魔のルーンが関係しているんでしょうか?」 コルベールの言葉に、オスマンは頭を振った。 「ここにはキリサメマリサはおらん」 「しかし、仲間のようですし……」 「それにその本に書かれていたじゃろ。全ての魔具を使いこなす、と。 あれは私が知ってるどんなものとも違うわい」 そういうと視線を遠見の鏡に移した。未だ、コメの畑を映している。そして手元の 本に視線を落とす。コルベールが先程持ち込んだ本だ。 「神の頭脳、ミョズニトニルン。伝説の使い魔。 確かに本当だとしたらすごいことじゃがな」 「しかし、ミョズニトニルンが関係ないとすると、あれだけのことをやってしまう ヨーカイとは一体……」 その後二人の会話は、王宮に報告する、しない、といった内容に移っていった。 ヨーカイが大量に呼び出されたと言うことは、もはや衆目の事実だ。何も連絡しない のは不自然だろう。ヨーカイについてだけ、報告のみ行おう、と話がまとまったところで、 不意にコルベールが声を上げた。 「誰ですかっ!」 しかし応えはなく、ただ一度、バサリと羽音が聞こえたのみ。窓の外を見ると、一枚の 黒い羽根が風に舞っていた。 その羽音と羽根の主である文は、十分に学院長室から距離を取ると懐からメモ帳と ペンを取り出す。 「なるほど、伝説ですか。これは特大スクープの予感ですね」 要追加調査、と書きこみつつ、文はにんまりと笑うのであった。 夜。シエスタは疲れた顔を隠そうともせず、蒸し風呂へと続く通路を歩いていた。 ふと立ち止まり、服の臭いを嗅ぐと、眉をしかめる。そして溜め息をついた。先程まで 洗っていた鍋の臭いが移ってしまった気がする。 全てはあの、キリサメマリサの所為だ。まさか貸した鍋が、こんな臭い付きで返って くるなんて。何とか臭いを落とそうと努力はしたものの、逆に自分の方に臭いが移った 気がする。 明日マルトーさんになんて言い訳しよう。そう考えながらサウナの入り口にたどり着いた シエスタは、中の様子に怪訝な顔になった。 なぜこんなに騒がしいのだろう。 脱衣所を覗き込むと、色とりどりの服が辺りに脱ぎ散らかされている。服のサイズも 様々だ。そのいくつかに見覚えがあることを思い出し、シエスタは後ろを向いてそのまま 帰ろうかと思った。が、数秒の逡巡の後、のろのろと脱衣所に入りメイド服を脱ぎ捨てる。 さすがにこの臭いを部屋にまで持って帰るわけにもいかない。 素肌にタオルを巻き付け、意を決して蒸し風呂へと続くドアを開けた。 ムアッとする蒸気と共に、歓声のよう笑い声が響く。 「えー、しんじられなーい」 「月が一つだけなんて、おとぎ話にもないわよ」 「あたしからすれば、月が二つもあるってのが驚きだよ」 大げさに肩を竦める様子に、また笑い声が起きる。笑っているのは学院で奉公して いるメイドたち。その輪の中心にいるのは、見覚えのない女性であった。いや、どこかで 見たような気もする。その豊かな胸回りにシエスタは微妙な敗北感を感じた。 「それでコマチさんは――」 「ああ、小町でいいよ」 そんなに他人行儀じゃなくて、と親しげに笑う様子につられ、また笑いが起きる。 シエスタもその笑いの輪の端に腰を下ろした。 あたりを見回すと、このコマチの他にも見慣れない者達の姿が見える。猫の耳と 尻尾を持った少女が、「水に入らないお風呂っていうから騙されたー」とへたり込んで いる。(*37) 妖精たちが、我慢競べをしている。身じろぎもせずに座っている少女の 周囲には、白っぽい固まりがまとわりついている。宝石のような飾りのついた羽を 背負う少女が、興味深げに蒸気の元を覗き込んでいる。そんな者達をなにやら熱の 籠もった視線で見つめる同室の同僚に気がついたが、シエスタは見なかったことに して目を逸らした。 「それでコマチは召喚されるまで何をやってたの?」 「ああ、あたしは船頭をしてたよ」 「船頭……?」 「こんな小さな船なんだけどね。客を乗せて川を渡るのさ」 身振り手振りでその船の大きさを示したり、実際に櫂を漕ぐ様子をやってみせる。 「いろんな人を乗せたよ。男も女も、老いも若きも」 「へぇ、流行ってたのね」 「いやー、そうでもなかったなー」(*38) 大して儲からなかったしね、と、おどけた様子に、また笑いが広がる。 周りを見れば、他の妖怪たちもこちらの様子をうかがいながら、笑みを浮かべていた。 微笑みから苦笑まで、いろいろな笑みだが。 「あの、コマチ……さん」 そんな空気の中、シエスタがおそるおそる声をかけた。そして言葉に詰まる。 問いたいことはある。しかし、なんと聞けばいいんだろう。 しかし小町はシエスタを振り返ると、 「ん? ああ、シエスタだっけ? なんだい」 と、名前を呼ぶではないか。固まるシエスタに気づいたのか気づいてないのか、 同室のメイドが不思議そうな声を上げた。 「あれ? シエスタのこと、知ってるの?」 「ああ、ちょっと昼間、あたしの上司……いや、元上司に絡まれてたみたいだったから」 「えーっ?」 「いや、あの人、ちょっと説教好きっていうか、首を突っ込むのが好きっていうか」 いったい何をやったのよ、と隣に座ったメイドが腕を突っつく。 みなの注目を集めていることにも気づかず、シエスタは問いを放った。 あの四人の中の一人の部下、ということはつまり―― 「じゃあやっぱり、コマチさんもヨーカイなんですか? 人間じゃなくて?」 人間ではなく、のところで喧噪が止まった。シエスタに向かっていた視線が、 今度は小町に向かう。その視線に気づかないのか、小町は暢気そうに答えを返した。 「んー、まぁ、人間か人間じゃないか、っていったら、人間じゃない方に入るかね」 その言葉の意味をみなが理解するより早く、小町は次の言葉を続けた。 「でもそれは、平民か貴族かって違いぐらいしかないよ」 それを聞いていた妖怪たちは、心の中でツッコミを入れた。それは違う、と。 もっともそれを口に出さない程度の分別があったのは幸いだった。 そんな周囲の反応に気づかず小町は、生きとし生けるものはみんな同じさ、と 呟くと目を閉じ、上を見上げた。 「生まれ育ち、競い争い、愛し愛され、疎まれ惜しまれ、死んでいく」 詠うかのような言葉。流れるようなその一言一言が奇妙に重い。シエスタは、肌を 流れる汗が妙に冷たくなったように感じた。 しかし、小町が目を開け再び笑みを浮かべると、その重い空気は一気に払拭される。 「一番楽しいのは、愛し愛され、のところだね」 そして聞き手であるメイドたちを見回し、問いかけた。 「みんなにもいるんだろ、お目当ての人くらいさ」 一瞬の間が開き、黄色い声が響いた。厨房の誰がよい、馬小屋の誰がよい、などと いったとめどもない話で盛り上がる。小町はその様子を、楽しげに眺めていた。 そしてシエスタはそんな小町のことを、不思議そうに見つめていた。 夜。シエスタは自室のベッドで眠れずにいた。寝返りを打つと、同僚が怪しい笑顔を 浮かべた寝顔のまま枕に抱きついているのが目に入る。 「うふふー、ふらんちゃんー」 フランとはあの七色の飾りのついた羽を持つ吸血鬼の少女のことらしい。 そう、吸血鬼なのだ。だけど彼女は、寝言に出してしまうほどその吸血鬼のことが 気に入ってしまったようだ。 他のメイドたちも、この奇妙な使い魔たちを受け入れてしまっている。昨日までは こんなことになるなんて思ってもいなかった。今日も昨日と同じような、普通の日々が 続いていくと思っていた。 すべてはこの、祖父のおとぎ話の中にしかいないと思っていた妖怪の所為だ。 しかし祖父の話とは違うこともある。決して恐ろしいだけの存在ではないということだ。 メイリンという妖怪も、コマチという妖怪も、人間と変わりがない様子だった。少なくとも、 身の危険を感じないくらいには。昼に取り囲まれた四人はちょっと怖かったけど。 明日からどんな日々になるのだろう? 少なくとも、今までの日常とは違うだろう。 でも、どんな日々? そんな風にいろいろと考えているうちにシエスタは眠りにおちて いた。 もっとも眠りに落ちる直前に鍋のことを思い出してしまったシエスタは、なぜかキノコの お化けに襲われる悪夢を見てしまうのだが、それは別の話。 *1 タイトルは、同人弾幕ゲーム「東方風神録」のBGM名より借用 *2 悪魔の犬 *3 な、なんだってーっ *4 げげっ、人間!? *5 小町の能力的に *6 縦回転もあるよ *7 言わずと知れた竹取物語 *8 因幡の白ウサギの話は不名誉だろう *9 目をつけられた、ともいう *10 アリスしか分からない差異 *11 中には入れてくれなかったらしい *12 色んな意味で *13 懼れてくれるという反応が心地よい *14 妖怪としては最年少。この場では *15 そして貧乏貴族でなかったら *16 お仕置きもブレインよ、といったところか *17 ある晴れた昼下がりに、市場に続く道で起きた出来事を歌ったもの *18 弾幕ごっこで覚えたか *19 アリスの介入が無くともギーシュが一方的に殴られて終わるのだが、そんな別世界の出来事は分からない *20 宝物庫が襲撃されても、相手がトライアングルだと躊躇するような人たちですから *21 ルーミアやチルノですら、弾幕ごっこの取り決めを理解し、守っていた *22 妄想 *23 ⑨っと *24 坤を創造する程度の能力 *25 可愛さではなく *26 心情的には、*おおっと* *27 親交=信仰であるならば、十分に信者 *28 ありがちな言葉遊び *29 映季様が見ている *30 別の面白いこと *31 シエスタを待ちつつシェスタ *32 垂らした涎が見えないように *33 涎の後を発見しての発言と考えると面白い *34 気を操れれば、見えずとも聞こえずとも問題なし *35 この世界/この地域 *36 使い魔は迷惑顔 *37 自分の汗で水浸しになるのは馬鹿馬鹿しいだろう *38 働いてなかっただけ 前ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました
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モンモラシーは、朝一番でギーシュのお見舞いへと来ていた。 友人には、二股していた奴に、よく会いに行けるわねぇ、と言われたが、仕方ない。 ――――――だって、好きなのだから。 あの浮気性は困り者だが、それさえ無ければ、お調子者で女の子に優しくてキザでドットで………… ………………・・・せめて、浮気性ぐらい秘薬で治しておくべきか。 そういえば、惚れ薬なんて言うのもあったわねぇ、とか考えていると、医務室の前に辿りついた。 でも、なんというか、様子がおかしい。 朝一番と言ったが、空はまだ薄暗い。 だと言うのに、扉が僅かに開いている医務室から話し声が聞こえてくる。 なんだろうと思い、僅かな隙間をそっと広げて中を窺ってみると、そこにはコルベールとロングビルの姿があった。 そして、その二人が囲っているベッドの上には――― 「ギーシュ!!」 扉を勢い良く開け放ち、ベッドの上に居るギーシュへと呼びかける。 コルベールとロングビルは、唐突に響いた大声に、驚いたような表情でモンモラシーを見たが、彼女にそんな事は関係ない。 「あぁ、ギーシュ、ギーシュ! 心配したのよ、私。でも、良かった。なんともないようで……ギーシュ?」 なんというか違和感がある。 目をぼんやりと開けたままのギーシュは、あぅあぅと呟いて、中空を見つめているだけで、自分に対してまったく反応してこない。 「ねぇ、ギーシュ、どうしたのよ、ねぇ、ちょっと、ふざけないで、どうして、ねぇ お願い、返事を、返事をしてよ、ギーシュ!!」 モンモラシーの悲痛な叫びが、早朝の学園に響き渡った。 水差しを洗いに行って戻ってくる途中であったメイドは、その声に、くすりと笑みを溢した。 今朝の目覚めは、ルイズにとって最高であった。 何時も自分で取っていた服が、杖を振るだけで手元へとやってくる。 そんな、メイジにとっての当たり前が、ルイズにとっては、とてつもなく嬉しかった。 そのまま、気分良く着替えていた所で、机の上に置かれている手紙に気が付く。 「ホワイトスネイク」 「ナンダ?」 「これ何?」 ホワイトスネイクの返答は、夜中に扉の下から挿し込まれたらしい。 中を開いて見ると達筆な字で、ルイズが起こした決闘騒ぎの罰が書いてあった。 あの時、オスマンが言ったように、ルイズは謹慎一週間で決定の印が押されていた。 「一週間……暇になったわねぇ……」 この決定にルイズは対して、不満を持っていなかった。 何せ、罪を犯したのは事実なのだから。 その罪と言うのは、勿論、禁止された決闘を行ったことであって、ギーシュから才能を奪って殺害寸前まで追い込んだのは、彼女の中では罪ではなく、ギーシュに対する報いであったのは説明するまでもないが。 「まぁいいわ、あの平民の様子も見に行きたかったし……」 自分の使い魔のルーンをDISCとして差し込まれている、あの少年。 あの時の速さは、通常時のホワイトスネイクを遥かに上回る速度であった。 「使い魔は、もう居るし……無難な所で使用人って所かしら…… 執事って程に落ち着いた様子は無かったし、ん~」 少年を自分専用の護衛として雇う気満々のルイズは、どんな肩書きが少年に合うのか、 じっくりと考えながら医務室まで歩き始めた。 部屋を出て、医務室のある学園の方に行く為の螺旋階段を下りる時、見慣れた赤毛がルイズの目に留まる。 「あっ……」 キュルケはルイズを見つけた瞬間に、元々俯いていたその顔を、さらに俯かせた。 だが、すぐに顔を上げて何時ものように、色気を帯びた笑みを浮かべてルイズに手を振った。 「ルイズ、元気? 昨日は大変だったみたいねぇ! で、どうなの? 噂では、ギーシュの魔法を使えるようになったとか、言われてたけど どうなのよぉ、そこんところは」 明るく振舞うキュルケに、ルイズは煩そうに顔を顰め、腕を軽く振るう。 伸びる腕 押さえつける手 押し付けられる身体 ホワイトスネイクがキュルケの身体を、杖を抜く暇も与えずに、壁に押し付けたのだ。 呆然とするキュルケにルイズは、グイッと顔を近づける。 目を逸らす事も許さない。 強い視線でキュルケの目を見据えながら、ルイズの口が開く。 「良い、よーく聞きなさいよ。 私は、これから医務室に行くの、用事があるからね。 あんたの相手は、その後。精々、魔法を扱える最後の時間を楽しんでおきなさい」 そう言ってルイズは、壁にキュルケを押し付けていたホワイトスネイクを消し、そのまま螺旋階段を下る。 これ以上、言葉を交わす気の無い事を態度と行動で示されたキュルケは、そのままの体勢で赤髪を揺らし、耐え切れぬように叫ぶ。 「ねぇ、ルイズ、何が、何が、貴方をそこまで変えてしまったの? それは、私? 私が原因の事で、貴方は変わったの!?」 キュルケの慟哭にルイズは首を振るう。 変わった……? 違う、私は手段を手に入れただけに過ぎない。 人間とは、泡のようなものだ。 小さな気泡の人間も居れば、大きな気泡の人間も居る。 気泡を大量に持つ人間も居れば、一つしか持たない人間も居る。 千差万別の大きさと数がある気泡達だが、共通している事が二つある。 それは、その気泡の中に入ってるモノが感情であると言う事と もう一つ、その気泡は『起爆剤』さえ見つけてしまえば、理屈も何も無く、破裂してしまう事だ。 そして破裂した泡は、中に溜められていた感情を噴出す。 噴出された感情は、周囲に何があろうと、その発散を止められない。 いや、割れた当人にとっては、止める気もしないだろう。 ルイズは、今、まさにその状態だ。 魔法を奪うと言う、完璧な『起爆剤』を見つけてしまったルイズは、 16年間溜め続けた、使えない者として泡を破裂させてしまった。 記憶の積み重ねが人間であると、ホワイトネスイクは自らの主に言っていた。 ならば、この鬱積した感情もまた、ルイズと言う人間を形作る重要な因子なのである。 例え、その中の感情がドロドロに溶け合った黒であったとしても、だ。 「ルイズ……」 どうすれば、どうすれば、あの少女は、元の意地っ張りだけど、自分に正直な少女に戻ってくれるのか。 考えても、考えても、キュルケの頭には、何も浮かんでこなかった。 そんな親友の苦悩を、螺旋階段の一番上で眼鏡を掛けた少女は静かに見つめていた。 医務室に行って、ルイズが最初に目にした光景は、黒髪のメイドが真っ赤になって使用人になる予定の少年の身体を拭いている場面であった。 「………………」 「………………」 少し血走った目で、半裸の少年の世話をしているメイドもそうであるが、 初めて同年代の異性の身体を直接見たルイズも、時が止まってしまっている。 別に何も後ろめたい事は無い。 シエスタはシエスタで、自分を助けてくれた才人の身体を拭いていただけであるし、ルイズも、ただ医務室の扉を開けただけだ。 だと言うのに静止時間は、こくこくと過ぎていく。 永劫に続くかと言うような、その静止時間は、ブッチギリで10秒を越えた時に少年から漏れた僅かな呻き声で、ようやく進み始めた。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あのですね! これは、これはその……汗を拭いてあげてるだけでして!」 「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そのぐらい分かってるわよ! べ、別に変な勘違いとか、その、初めて男の子の裸を見たから動揺とか、してないからね!!」 二人して吃って真っ赤な顔をしているその様は、傍から見るととてつもなく変な光景であった。 「そ、そ、そ、そうですよね! 怪我人の身体を拭いてたぐらいで勘違いなんてしませんよね!」 「も、も、も、勿論じゃない! か、勘違いなんて、そ、そんなものしないに決まってるじゃない!」 あはは、と乾いた笑い声を出すシエスタに、ルイズはなんとか平常心を取り戻そうと、息を吸ったり吐いたりしながら、備え付けの椅子へと座る。 ―――私は冷静、私は冷静、私は冷静――― なんとか頭から先程の光景を消そうと試みるが、基本的に箱入りで異性の裸に免疫が無いルイズにとって、それは至難の業である。と言うか、成功なんてするはずも無い。 シエスタはシエスタで、ようやく落ち着いたのか、また才人の身体を拭く作業を再開させている。 両人共、耳まで真っ赤に染めあげ、まるで熟れたトマトのようだ。 ――― ―――――― ――――――――― 幾許かの時が過ぎて、ようやく丁寧すぎる作業が終わったシエスタは、脱がせた才人の服を着せ始める。 かなり長い時間を掛け、若干の平常心を取り戻したルイズは窓の外を見ながら、作業を終えたシエスタに声を掛けた。 「ねぇ……そいつってさ、なんであんなのと決闘したの?」 「それは……私の所為なんです」 そういえば決闘してたのを手助けしただけで、理由までは知らない。 あの時、広場に一緒に居たこのメイドならば知っているのでは無いかと聞いてみると、ある意味、予想通りの答えが返ってきた。 (ふぅん……やっぱりね) 一緒に居たのだから無関係では無いと睨んでいたが、案の定である。 続く、シエスタの言葉で、あの時の詳細を知る。 どうやら、最初の発端は、シエスタがギーシュの香水の瓶を拾わなかったのが原因らしい。 それが元で、二股がバレてその八つ当たりに晒されていたのを、 才人が庇い、そんな才人の態度にますます腹を立てたギーシュが決闘を申し込んだらしい。 「ふん……馬鹿ね」 「確かに平民が貴族に歯向かうなんて馬鹿かも知れませんけど、才人さんは!!」 恩人が侮辱されたと思い、声を荒げるシエスタにルイズは違う違う、と手を振り、 溜め息を吐きながら、自分の言葉が誰に対するモノなのかを明確にする。 「私が馬鹿って言ったのは、ギーシュ……決闘を申し込んだ貴族の方よ。 あんた、落ちてた香水の瓶には気付いて無かったんでしょ? それなのに、責任を追及するなんて馬鹿げてるわ。 おまけに、二人の名誉が傷付けられた? 傷付けたのは誰よ? 少なくとも、あんたやそいつじゃあ無いわね」 フンッ、と鼻を鳴らし不機嫌に呟くルイズに、シエスタは、この人は普通の貴族じゃあ無いみたいと心の中で呟く。 彼女の中の貴族とは、平民に対しての配慮など、まったくしない。 そういう思考回路が最初から存在していないのだ。 だと言うのに、選民思想で凝り固まった今の貴族にしては珍しく、この少女は、もしかして、平民を人間として見ているのでは無いか、とシエスタは思ったが―――――― 「話を聞く限り、やっぱりあいつは貴族として失格ね。力を奪って正解だったわ。 あんなのが、私と“同じ”貴族だったと思うと反吐が出るわ」 その言葉に、シエスタはやっぱり違う、とルイズに聞こえぬように呟いた。 この少女は、心の底まで貴族で出来ている。 確かに、今の彼女には、無実の者に罪を擦りつけられた事に対する怒りもあるが、それ以上に、 『貴族』と言う名を持った者が、無実の者に罪を擦りつけ『貴族』の名に泥を塗った事に対しての怒りの方が占めるベクトルが大きいのだ。 才人に対し、治療費を出してくれた事などから、平民に対しての理解はあるらしいが、それも上の立場から見た者の理解である。 対等とは程遠い。 そう思うと、才人や自分を昨日、ここに運んでくれた事や、秘薬の代金を全額負担してくれた事に対する有り難みの気持ちが薄れていくのをシエスタは感じていた。 「ところで、今日はどのような用事でここに来られたのですか?」 なんとなく突き放したような感じの言葉を吐いてしまった自分に、心の中で失敗した、と思ったが、言ってしまった言葉は戻らない。 相手も、言葉に含められていたニュアンスに気が付き、目を鋭くさせたが、まぁいいわ、と呟いて、すぐにその鋭さを取り払った。 「そいつの様子を見に来たんだけど……まだ、目覚めてないみたいね」 「治療をしてくださった方のお話では、もう目覚めても良いとの事ですが……」 磨耗した精神が休息を欲しているのか、それとも、もっと別の要因なのか。 「目覚めても良いって事は、もう治療は終わってるのよね?」 「えぇ、治療自体は昨日、全て終わっていますけど」 「なら……問題は無いわね」 シエスタの言葉に、ルイズはホワイトスネイクを出現させる。 唐突に現れたホワイトスネイクに、シエスタは驚愕の表情を浮かべていたが、ホワイトスネイクが現れた事は、さらなる驚愕への布石であった。 「ホワイトスネイク、あいつを起こしなさい」 命令が下されると同時に、ホワイトスネイクの手にDISCが出現する。 それを寝ている才人の頭に差し込んだ。 「何をしてるんですか!?」 「『覚醒』のDISCよ。 どれだけ深い眠りだろうが、DISCの命令には逆らえない」 自慢げに説明するルイズの目の前で、ベッドの上に寝かされていた才人の身体が震える。 「うぅ……うぅん……」 そして、DISCを差し込んでから僅か三秒 上半身を起こして、間の抜けた欠伸を才人は披露した。 そこは、ハルケギニアではなく、もっと、もっと遠く、そして辿りつけない世界。 知る者が語れば、悪鬼の巣窟とも、この世の天国とも答えるその場所は秋葉原と言う、日本と言う国の電気街であった。 その街の一角の、古ぼけた店に修理を頼んでいたパソコンを取りに来た才人は、突然の事態に目を丸くしていた。 なんというか、気が付いたら皆、全裸なのだ。 下着一枚身に着けていない通行人達を見て、才人は一瞬、ぽかーん、と大口を開けていたが、 すぐに自分も服を着ていない事に気が付いた。 何が起こったのか分からないが、このままでは警察に捕まると、凄まじい勢いで才人が服を着終わる頃に、街を歩いていた通行人達も、この不可解な現象に叫び声を上げ始めていた。 とりあえず、面倒になるのは嫌だったので、早足でその場を立ち去る。 預けていたパソコンを回収することも忘れて、駅へと向かった。 とりあえずは、家へと帰ろう。 そう思い、駅への近道である路地裏を通ろうとした時に『ソレ』は現れた。 自分の身長以上もある鏡。 これは、なんだろうか? 疑問に思った才人は、石を投げ込んでみたり、家の鍵を差し込んでみたりと色々試した挙句に、結局、その中に入る事にした。 中に何が待ち受けているのか、才人は分からなかったが、何故だか分からない予感だけは存在した。 多分、この鏡を通過したら、自分は『別の世界』に行くのでは無いかと言う予感が…… そうだ……それで俺は…… その予感の通りに月が二つある異世界に来てしまったのだ。 始めは、この突飛な事に、才人は驚いた。 驚いたが『絶望』はしなかった。 何故だか分からない世界で、一人だけだと言う事実すら『絶望』を才人に与える事は出来なかった。 何故なら、そういう予感があり、こうなると言う『覚悟』を才人は無意識に持っていたからだ。 そうして、自分はシエスタと出会って……それから…… あの桃色の髪の少女と、出会ったのだ。 「ふぁぁぁぁぁ……ん」 ピキピキと起きたばかりの筋肉が張る音を、ぼんやりと才人は聞きながら、大きな欠伸をした。 なんというか、もの凄く目覚めが良い。 十時間以上グッスリ眠った後の目覚めも、ここまで爽快感を与えてはくれないだろう。 そんな事を、つらつらと考えていると、急にベッドに押し倒された。 「にぇ、にゃんだ!?」 回らない舌で、叫んだ声は自分で聞いても酷く間抜けで泣きたくなったが、 それよりも、今、自分に抱きついてきてる者の方へと意識がいく。 「良かった……良かった……才人さん、本当に、良かった……」 抱きついてきた少女は、泣きながら才人の覚醒を喜び、その胸の中で、彼の暖かさを感じていた。 「ごめん……心配掛けた……」 泣いている少女を安心させる為に、才人も確りとその細い身体を抱きしめる。 二人がお互いの体温を感じている中、ルイズだけが不機嫌そうにその光景を眺めていた。 「ちょっと」 一分か二分か、まぁ、ともかく時間が暫く経過すると、ルイズは、とうとう我慢しきれずに声を掛けた。 その声に、才人は、うわわわわぁ、とあからさまにうろたえて、シエスタは、と言うと、なんだか物凄い目でルイズを見てきた。 その目は明らかに、空気を読んでくださいと言っていたが、あえて無視する。 「あんた!」 「はい、なんでしょうか!」 ルイズの怒声に、才人は、これは逆らうとマズいなと感じて、思わず敬語で返答する。 と言うか、さっきから予感が訴えてくる。 これから、この少女に扱き使われると言う、あまりにも叶って欲しくない予感が…… 「あんたを、これから私専属の使用人に任命するわ。 この私の世話が出来るのよ、ありがたく思いなさいよ」 「なっ! どっ、どういう事ですか!?」 桃色の少女の言葉に、シエスタが噛み付いているが、才人は、多分、少女の言った通りになる事を感じていた。 (『覚悟』はあった……『覚悟』はあったけど、正直、泣きてぇよなぁ……) これから起こるであろう苦難の道の『予感』に、才人は溜め息しかでなかった。 アルヴィーズの食堂での豪勢な昼食を前にして、キュルケは昨日と今朝のルイズの様子を思い出してブルーになっていた。 そんなキュルケの隣には、目の前の料理をパクパクモグモグハグハグと次々に胃袋へと収める暴食魔人が座っている。 「ねぇ……タバサ」 そんな暴飲暴食娘に、キュルケは声を掛ける。 何時もの彼女らしくなく、とても弱々しい声。 「どうして……ルイズは……」 その先は続かなかった。キュルケは、言葉を詰まらせ、テーブルの上に載っていたワインを呷る。 タバサは、ルイズの事を魔法が使えないメイジであり、それを理由に周囲から苛められていたぐらいのことしか知らない。 だから、ルイズの事は『危険』だと認識していた。 虐げられていた者の所へ、虐げていた者達に復讐するだけの力が手に入ったなら、 どんな聖人や天使だろうと、その力を振るう。 何故なら、そういう者達は信じているからだ。 虐げられている自分達の事を助けてくれる何かが、何時か、きっと自分達を救ってくれると。 タバサ自身、そんなものに一片の希望すら持っていないが、心の底ではもしかしてと思っている。 もし、あの使い魔を召喚したのが自分であるならば…… 自分は、何の疑問も抱かずに祖国へと戻り、あの男を―――――― そこまで考え、タバサは首を振るう。 本筋から話が逸れている。 今は、そんなIFを考えている暇では無い。 おくびにも出していなかったが、タバサは昨日からキュルケの護衛をしている。 もしも、自分がルイズであるならば、仇敵の家柄であり、尚且つ、自分に対してからかいの言葉を毎日掛けてきたキュルケを狙いに来るだろうと考えたからだ。 キュルケ自身、あのからかいの言葉にそこまでの意味を見出していなかったが、あの言葉はルイズの自尊心を傷付けるのに、十分な威力を持っていた。 そんな言葉を毎日のように掛けていたのだ。殺意を抱かれる恐れは多いにある。 と言うか、今朝の言葉からして、ルイズがキュルケに対して殺る気満々なのは、疑う余地も無かった。 「そういえば……今朝から、モンモラシーを見ていないわね……タバサ、知ってる?」 話題を変えよう、別の娘の話を振ってきたが、振ってから、 キュルケはモンモラシーがギーシュの恋人である事を思い出した。 恋人が突然、メイジでは無くなったのだ。 かなりショッキングな出来事だったのだろう。 「ちょっと、様子でも見に行こうかしらね……」 心配そうに立ち上がるキュルケの手を掴み、そのまま椅子へ座らせる。 困ったような顔をしているキュルケに、皿一杯に盛られた料理を差し出す。 「今は、良いわよ。食べる気分じゃないから」 「そう言って、昨日の夜から何も食べていない。 おまけに目の下にクマも出来ている」 その言葉に、慌てて手鏡を取り出して目の下を確かめるキュルケにタバサは、ゆっくりと声を掛ける。 「大丈夫、彼女の様子は私が見に行く。 だから、貴方は食事をして、部屋で休むべき」 「別に大丈夫よ。 今はダイエット中だし、それにこのクマも、大したことじゃあ無いわ。だから―――」 「―――お願い」 休むように懇願するタバサの姿に、キュルケは溜め息を吐いて、わかったわ、と呟いた。 それに満足したタバサは、モンモラシーの様子を見に行く為に食堂を後にする。 勿論、自分の代わりの護衛を用意するのも忘れない。 タバサが居なくなった後の食堂では、変なテンションの青髪メイドが、キュルケの口に無理矢理食事を運ぶと言う珍妙な光景が見られたとか。 「あの……シエスタ」 「………………」 「その、怒ってるのは分かるよ、けどさ……」 「………………」 「話ぐらいは聞いてくれても良いんじゃないのかなぁと、ぼかぁ思うんですけど……」 「………………」 現在の時刻は夕刻。 朱色の空と二つの月が合わさって、絶景を作り上げていたが、そんな事を気にしている暇では無かった。 私……怒ってます。物凄く怒っています。 そんな、怒ってますオーラを身に纏って才人の事を無視するシエスタに、正直、才人はビビッていた。 ルイズが宣言した使用人になれ、と言う発言に、猛然と噛み付いたシエスタだったが、他ならぬ才人自身が、別に構わない、と言ってしまったので、どうにもならなくなってしまったのだ。 そんな訳で、晴れて才人はルイズの使用人となってしまった訳であるが、それも明日からの話だ。 別に才人としては今日からでも良かったのだが、幾ら秘薬で治療したと言っても、怪我をしてから一日しか経っていない。 万が一と言う事もあるので、シエスタの提案で今日も医務室で夜を過ごす事となったのである。 しかし―――――― 「おーい、シエスタ。あの、マジでそろそろ限界なんだけど、あの降りていいかな?」 昨日の昼から気絶していた才人は、当然の如く尿意を催しており、 その排泄をしようとベッドから立ち上がろうとすると、シエスタが無言で止めてくる。 その目は、怪我人ですからベッドから立つなんてとんでもございません、と告げていたが、 はっきり言って、シエスタのお仕置きであるのは疑うまで無い。 使用人のピンチだと言うのに、姿の見えないルイズは、昼頃までここで話し込んでから姿を消している。 と言う事で、現在、医務室には才人とシエスタしかおらず、シエスタに完全にビビッている才人にとっては動くに動けない状況なのだ。 「あの~、シエスタさん。本当、本当、ちょっと、トイレに行くだけですから、勘弁してください、お願いします」 涙目で訴えてくる才人に、シエスタも限界であることをようやく悟り、無言だった口から、 久方ぶりに、仕方ありませんね、と発音が聞こえる。 やった! と叫びのをグッと堪えた才人が、ベッドから降りようとすると、シエスタが手で静止してくる。 あれ、許可してくれたんじゃないの? 「はい……才人さんは怪我人ですから、怪我人の方のトイレは“コレ”ですよね?」 シエスタの手に微妙に黄色い尿瓶が握られているのを見た才人は――――――泣いた。 同時刻 静寂が支配する部屋の中で、赤色の明りに照らされたキュルケは俯いてベッドに座っていた。 夕焼けの赤と地の赤で、彩色された髪で隠れた顔には、 普段の彼女ならば絶対にするはずの無い愁いの表情を張り付かせている。 「……ルイズ……」 何処か、遠くへと行ってしまった友人の名を呼ぶように、意地っ張りで素直では無い桃色の少女の名を呼ぶ。 返答など期待していない。 喪失感を紛らわす為だけに発した、その言葉に――― 「なぁに……キュルケ?」 ―――反応したのは、血の様に赤い空と二つの月を背にする漆黒のローブを羽織る少女であった。 氷柱を背中に突っ込まれたような気分だ。 自分一人だけしか存在していなかった部屋に、物音一つ立てずに、この少女は現れた。 息が……苦しい。 ルイズの放つ威圧感に、キュルケは呼吸すら忘れてしまっていた。 「ねぇ……何か用なの? せっかく、私が足を運んできたのだから、面白い話題なんでしょうねぇ?」 ケラケラと童女のように笑うルイズは、なんというか、言い知れぬ不気味さと人を惹きつける魅力を身に纏っている。 ―――違う こいつは、こんなのはルイズじゃあない。 自分の知っているルイズは、あんな化け物みたいな笑い方はしないっ! 「貴方……誰? どうして、ルイズの姿をしているの!?」 敵意を込めた視線に、ルイズは、フンッ、と鼻を鳴らし、右手を掲げる。 瞬間、ホワイトスネイクが背後からキュルケの頭を一文字に薙ぎ払い、DISCを奪い取った。 込み上げる喪失感に泣きそうになるのを我慢しながら、キュルケはルイズを睨むのを止めない。 その様子に、使い魔から渡されたDISCを頭に差し込んだルイズは口を開く。 「一体、何を言っているのか、さっぱり分からないけど、私は私よ。 他の誰でも、他の何者でも無いわ」 淀みなく答えるその言葉に、キュルケは首を振る、違う、と 「私の知っているルイズは、我慢が出来なくて、すぐになんでも癇癪を起こすけど、それでもこんな事をする娘じゃあ無かった! 他人から力を奪うような娘じゃあ、絶対に無かったわ!!」 我慢していたはずの涙が流れているのを、キュルケは気が付かなかった。 18年間共に歩んできた才能を奪われたのだ。無理も無い。 しかし、今、ここでその悲しみに泣き崩れていたら、もっと大切なモノを失ってしまう。 「ねぇ……ルイズ、もう止めましょう。 奪った才能を返して、また何時ものように一緒に学びましょう? そうして、他人から奪った才能なんかじゃあ無くて、貴方自身の才能を育てて行けば良いじゃない……」 「………………」 「こんな事をしたって根本的な解決にはならないわ。 ねぇ、お願いよ、ルイズ。何時もの優しい貴方に戻って。 努力家で、意地っ張りで、誇り高い貴方に―――」 「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!!!」 髪を振り回し、取り乱したように叫ぶルイズに、キュルケは近づこうとするが、動いた瞬間、ホワイトスネイクに床に叩きつけられた。 「がはっ―――!」 肺の中から追い出された空気が、口から漏れる音を自身で聞いたキュルケは、それでもルイズに言葉を掛け続ける。 今なら、先程のような余裕を持っていない今ならば、自分の言葉もルイズに届くはずだ。 いや、届かせなければならない。 「こんな……こんな力に振り回されるのは貴方じゃあ無い! 今の貴方は、この使い魔の力に酔っているだけ! お願い! 正気に戻って! ルイズ!!!」 最後の言葉を吐き出したと同時に、キュルケの口から血が噴出す。 上から踏みつけてくるホワイトスネイクに、何処か、生きるのに重要な器官が潰されたのかも知れないが、それでも止める訳にはいかない。 大切な、友達を助ける為に…… 「ルイズ……」 「うるさいって言ってるでしょ! 戻れですって!? あの魔法を使えず、侮辱され続け、屈辱を投げつけられていたアレに!? 冗談じゃない! 私は戻らない! あんな! あんな! 最低の場所に戻るなんて絶対イヤ! 酔っているだけ? 違う! 私は『使いこなしている』だけ! この力で、貴方達を、私を『ゼロ』と馬鹿にした連中全てを、私は―――!!」 感情のままに吐露するルイズの言葉を、キュルケは遮ろうとするが、それはまったく別の形で中断された。 窓側の壁全てが、一瞬にして破壊されたのだ。 見晴らしの良くなった部屋の中で、乱れた髪を気にも留めずに、ルイズは壁を壊した闖入者へと目を向ける。 蒼い髪に眼鏡を掛けたその少女は、ウィンドドラゴンの幼体の上に立ち、 その身体に似合わぬ大きな杖を、迷い無くルイズへと向けていた。 「二度目よ……貴方が、私の邪魔をするのは……」 ポキリと散らばった廃材を踏みつけ、ルイズはドラゴンへと一歩踏み出す。 キュルケを踏みつけていたはずのホワイトスネイクも、その後に続いていく。 「貴方……『覚悟』はしているのでしょうねぇ 人の邪魔をするって事は、排除されるかも知れないって言う『覚悟』を」 淡々と語るルイズに、タバサは僅かに口を開く。 「昼間……モンモラシーとギーシュに会った……」 「何を言っているの?」 ルイズは、疑問符を頭の上に浮かべていた。 何故、ここでギーシュの話題なのか。 この眼鏡の娘は、ギーシュと何か親密な中で、その為、邪魔をしているとでも良いたいのだろうか? そんなルイズの困惑を余所にタバサは言葉を続けた。 「彼は……壊れていた。心も、記憶も……何もかも」 それは、無感動な彼女にしては珍しく、誰が聞いても怒っていると分かる、静かな怒声であった。 それが異常な事だと分かったのは、倒れているキュルケだけで、普段のタバサを知らないルイズは、ただ、壊れたの、と詰まらなそうに呟く。 「情けないわね……私は、16年間、魔法を使えない事に耐えてきたのに。 一晩も耐えられないなんて……貧弱ね」 蔑むような声色を発した、その『敵』へ、タバサは呪文を紡ぐ。 ウィンディ・アイシクル タバサの最も得意とする、トライアングルスペルの一つだ。 「へぇ……」 感心したようなルイズの声に、タバサによって作り上げられた氷の矢が、一斉に襲い掛かる―――が 「ウオシャアアアアアアアアアア!!」 ホワイトスネイクの烈火の如き叫び共に繰り出された拳で、全て叩き落された。 「―――ッ!」 あの使い魔が有能な事は、能力から見て推測出来たが、まさかここまでとはタバサも思っていなかった。 しかも、氷の矢を真正面から叩き壊したと言うのに、ホワイトスネイクの両手には傷一つ存在していない。 辛い、戦いになる。 シルフィードの背中の上で、次なる呪文を紡ぐタバサは、これまでの戦いの中で最も困難な事になるであろう事を感じていた。 一方、ルイズも内心は焦りを持っていた。 ホワイトスネイクは有能だ。 本体の性能も言わずもがな、その能力は、使い方さえ考えれば、最強の盾にもなり、矛にもなる。 が、射程距離の内部であるのならばの話だ。 ルイズにとっての一番の問題は、どうやって空を飛ぶ敵に近づくのか、だ。 今奪ったばかりの魔法で叩き落すと言う選択肢もあるが、今の一撃から、魔法の技量は、今まで奪った二枚のDISCの中に記憶されているモノよりも、遥かに上であることが理解できる。 そんな相手に、地面から相手よりも下手な魔法を撃った所で、通用するはずも無い。 長期戦になれば、人が来る。 否、もうすでに壁の破壊音に気が付いて、宿直の教師が近づいてきているかも知れない。 となると、ここは出し惜しみ無しで、ホワイトスネイクを至近距離まで近づかせ、短期決戦で勝負をつける。 奪ったDISCの中で使えそうな呪文を全て引っ張り出しながら、ルイズは、敵意を剥き出しにして、タバサを睨みつけた。 そんな二人が激突するのを見ている事しか出来ないキュルケは、満足に呼吸が出来なくなった身体で、静かに立ち上がった。 もうすでに戦いの場は、キュルケの部屋から移り変わり、二つの月が浮かぶ空が、戦闘の場となっている。 「何故……」 どうして二人が戦わなければならないのか。 どうして私は、二人を止める事が出来ないのか。 キュルケは悔しくて堪らなかった。 そんな彼女の足元に、きゅるきゅると鳴きながら、今まで部屋の隅で震えていたフレイムが擦り寄ってくる。 口元を紅く染める主人を心配するようなフレイムに、キュルケは大丈夫と告げると、動くだけで激痛を訴える身体に鞭を打ち、二人の後を追っていった。 第3.5話 戻る 第五話
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まるで鮮血で染まったかのような紅い空で、二つの影が、同じく二つの月をバックに対峙していた。 一つの影は、シルフィードを駆るタバサ。 そして、もう一つは右手に杖を握り、フライの魔法で浮遊するルイズであった。 普通ならば、このような対比は有り得ない。 何故なら、フライの魔法で飛行していると、他の魔法を使う事が出来ず、戦闘では的以外の何者でも無いからだ。 しかし、ルイズは違った。 フライの魔法で空を飛んでいた所で、今の彼女にはホワイトスネイクが居る。 生半可な魔法など、その両の手で叩き落し、接近戦であるならば、通常の人間以上の動きで攻撃を仕掛けてくる。 さらに、その手は頭部に触れると問答無用で対象の『記憶』をDISCとして引き出し、魔法すら奪う、悪魔の手だ。 近づけば負ける。 だが、それは反面、近づかなければ負けないと言う事でもある。 フライの魔法は空を飛ぶのに確かに便利であるが、風韻竜である自分の使い魔には速度と移動距離、共に劣っている。 さらに言えば、向こうはフライで飛んでいる限り、接近戦しか出来ないが、こちらは魔法を遠距離から唱えられる。 相性的に言うのであれば、自分達は敵に勝っている。 しかし、タバサは心の底から湧き上がる不安感を拭い去る事がどうしても出来なかった。 「ウオシャアアアアアアアアアアア!」 獰猛な毒蛇を思わせるホワイトスネイク独特の声と共に繰り出されるラッシュは、ルイズの元へ飛来してくる氷の矢や空気の塊、風の刃を全て叩き落す。 今の所、ルイズにダメージはゼロだが、それは向こうにも言えた事。 攻撃を叩き落しながら、シルフィードを追いかけているルイズであったが、向こうのスピードは自分のフライの速度よりも速く、このままでは何時まで経っても追いつく事が出来ない。 追いつけなければ、自分のホワイトスネイクを、あのクソ生意気な眼鏡の顔に叩き込む事が出来ないのだ。 (空中戦じゃあ勝ち目が無い! でも、だからってどうすれば良いの!?) 二度目であるはずのホワイトスネイクの戦闘運用であるが、効率的な運用方法がルイズの頭には浮かんでこない。 戦いとは、装備やそれを使う者の能力も必要であるが、最も重要なのは経験である。 何時、何処で、どのようなタイミングで繰り出すのが効果的なのか。 戦闘のセンス、或いは。戦術的な戦い方。 それらを鍛えるには、戦いの中で、自分で学び取るしかない。 一度目の戦いの時は、そんなものは必要無かった。 ホワイトスネイクは相手のワルキューレの何もかもを上回っていたし、勝負自体も一瞬で片付いた。 しかし、その一瞬で片付いた所為で、ルイズは戦いにおける経験を、まったくしていない。 模擬戦すら、まともに行っていないルイズには、諸事情により、ちょっとした百戦錬磨になっているタバサの相手は荷が重い。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」 タバサの詠唱が空に響く。 先程の氷の矢では無く、一回りも二回りも大きい、氷の槍。 蛇のようにシルフィードを回るその槍が、一直線にルイズへと襲い掛かる。 「ホワイトスネイク!!」 「不可能ダ」 あのサイズともなると、完全に弾くのは無理がある。 元の自分の性能なら可能だろうが、ルイズが本体となってから、ホワイトスネイクの破壊力は一段階下がっている。 無理を悟ると、ルイズはフライの魔法を切り、朱色の空から落下する。 その後を追うジャベリンに、キュルケのDISCから引き出した炎が喰らいつく。 外面は一気に気体にまで昇華させたが、芯は、まだ形を保っている。 「弾きなさい!!」 右腕を振るい、小さくなった氷の槍を弾く。 しかし、魔法による串刺しは免れたが、目の前まで迫った地面による死が間近に迫っている。 フライ、否、間に合わない!! 「なら、浮きなさい!」 フライよりも詠唱の短いレビテーションにより、墜落死の運命を書き換える。 だが、浮かぶ事しか出来ないレビテーションは、フライなどよりももっと、もっと簡単に当てる事の出来る的であった。 「来ルゾ!!」 二本目のジャベリンが、ルイズの身体に風穴を開ける為に、放たれる。 冗談じゃない。こちとら、嫁入り前なのよ、 すでに地面に近かった為、レビテーションを切り、地面へと着地する。 そして、ありったけの魔力を込めた火球をもう一度、ジャベリンにぶち当てた。 ジュウウウウと言う耳に残る音と共に、結びつきを無くす氷達は、芯すら残さずに空気中へと拡散する。 そうして拡散した水蒸気は、霧雨のようにルイズとホワイトスネイクを取り囲む。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」 そして、紡がれる詠唱。 その詠唱にルイズの頬が引きつった。 この呪文は、確か空気中の水蒸気を凍らして、氷の矢とする呪文……即ち――― 「チェックメイト」 タバサの無機質な声が、終わりを告げる。 ルイズの周囲を囲む水蒸気が、一瞬にして50を優に超す数の氷の矢に変質し、目標へと一斉に放たれた。 キュルケは走っていた。 いや、片足を引き摺り、動く度に口元から溢れ出る朱色ののものを拭う彼女は、予想以上に歩みが遅く、彼女は走っているつもりでも、他人から見ると歩くよりも遅く歩を進めていた。 顔は苦悶の表情しか表さず、動くだけで激痛を彼女が感じている事を物語っている。 だが、止まらない。 否、止まれない。 「すっごい……わがままなのよ……私はっ!」 紅い液体と共に吐かれた言葉は誰に向けたものなのか。 少なくとも、自身では無い。 キュルケは、基本的に良い奴と言う認識が、学園ではされている。 勿論、その明け透けな性格から恨みを買う事も多いが、友人間の間では広く信頼され、頼りにされている。 だが、キュルケ本人は自分の事を、すっごい我侭な奴と思っている。 自分は、自分のしたい事しかやっていない。 誰かを好きになったから、その人と愛を語り、誰かが困っているなら、自分が相談に乗りたいから相談に乗る。 元にあるのは全て、自分の意思。 これを、我侭と言わずなんと呼ぶのか。 キュルケは、くすりと微笑みと血を口元に張り付かせる。 今だってそうだ。 あれだけ拒絶され、殺されそうになるぐらいに恨まれている娘に自分は会いに行こうとしている。 あの娘らしく無い。 ただそれだけを戒め、そして出来ることであるならば、また共に歩きたいと思うが為。 言ってしまった言葉は戻らない。 やってしまった行動は覆らない。 「だから……どうしたって……言うのよ」 そんなことは知っている。 だから、どうした!? 覆らないのならば、戻らないのならば、償わなければならない! そうだ……向こうにそんな気が無くたって、私は、私は!! 「私は……あの娘の味方でありたい―――!!」 最後まで絶対に諦めない!! 周囲を囲む50を超す氷の矢に、ルイズの思考は一瞬停止する。 頭に浮かぶのは、氷の矢で串刺しになり、屍を晒す自分の姿。 それがあんまりにも、おぞましくて、ルイズはその運命に抗った。 「アァァァァアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!」 天を轟かさんばかりの咆哮と共に、ホワイトスネイクの腕と足が、ルイズを中心に四方八方へと繰り出される。 拳打と蹴打の結界。 限界を超えんとばかりに振るわれる四つの衝撃の前に、氷の矢は次々に塵芥へと還っていく。 その数―――10―――20―――30―――40―――44!! 44も守りぬけた事を褒めるべきなのか、それとも、完全に守りきれなかった事を貶めるべきなのか。 ホワイトスネイクの拳が44個目を砕いた時、続く45本目がルイズの右肩を貫いた。 「あぐっ!」 スタンドのダメージが本体に伝わるように、本体のダメージもまたスタンドへと伝わる。 ルイズの右肩のダメージにより、右腕を使用できなくなったホワイトスネイクの結界に綻びが生じる。 46、47本目を砕くが、48本目が今度は、ルイズの横っ腹を直撃した。 同時にホワイトスネイクにもダメージが伝わり、動きが一瞬停止してしまった。 後は、もうどうにもならなかった。 なんとか頭部へと覆い被さる事で、本体の頭へと矢が刺さる事を阻止したが、それ以外の場所には余す事無く矢が突き刺さる。 「――――――ッ!!」 もはや、声すら出なかった。 殺到する氷の矢は、強姦魔の如く、少女の身体を自らの身体を持って陵辱する。 穿った場所から滴る血は、氷の矢が纏う冷気により、瞬時に固まり、無用に血で彩るのを禁止する。 それは、一つの彫刻であった。 少女から生える、無骨な氷の長躯。 彩るは、鮮血の朱色と桃色の細糸。 黒のローブを地とするそれらは、見る者にある種の感動すら沸き上がらせるだろう。 まだ幼き少女を、その彫刻へと変えた蒼の少女は、自らが駆る竜から降り、地面へと降り立った。 蒼の少女は、竜に何事かを伝えると、竜は僅かに頷き、空へと消えていく。 それを確認してから、少女は右手に杖を握り締めながら、ゆっくりと口を開いた。 「復讐に我を忘れ、力に酔った貴方は……危険」 それは果たして、桃色の少女にだけに向けた言葉だったのか。 蒼色の少女が、桃色の少女を見る目は、まるで自分の末路を見るように、絶望に彩られている。 復讐の失敗者を処断する、復讐者。 その、あまりの憐れさに、蒼色の少女は絶望していた。 絶望していたが……油断はしていなかった。 彫刻と化した少女から漏れる僅かな呼吸音。 驚くべき事だが、あの少女は、全身を氷の矢で貫かれていながら、まだ生きているのだ。 おまけに、その絶え絶えな息は、規則的では無く、少女が今だ意識を保っている事をタバサに告げていた。 「このまま、貴方を生かしておく訳にはいかない」 もし、このまま彼女を生かしたままとすると、彼女は間違いなくタバサの前に立ち塞がるだろう。 自らを傷付けた、その代償を貰いに―――――― 今回は、辛くも勝利したタバサであるが、次がどうなるかは分からない。 いや、今回のような真っ向勝負になるのなら、まだ良いが、日常に、あの白い使い魔が牙を剥いて来たとしたら…… ルイズを生かしておく事に、メリットなど存在しなかった。 「完全なるとどめを……刺す……」 他の学生達と違い、ある事情から自国の厄介事を請け負っているタバサは、人を殺した経験も勿論あった。 初めてで無い事に躊躇いなど存在しない。 ただ、ルイズを殺したら、キュルケと、これまで通り友人してやっていけなくなるであろう事を考え、それだけが胸に僅かな痛みを抱かせた。 (…………ごめんなさい) 心の中で友人に謝罪し、詠唱を始めようとした時、ルイズの身体が小刻みに振動し始めた。 「――――――くっ―――くくっ―――クククッ―――ク――――」 笑いを必死に噛み殺しても、噛み殺しきれない笑いが喉を、身体を揺らしている。 その認識にタバサが至ったと同時に、杖を握っていた右腕に激痛が奔る。 焼き鏝を直接当てられたかのような痛みの原因は、地面から伸びる青銅の剣。 鉄よりも柔らかいが、肉を断つには、まったく問題無いそれが、タバサの右腕に突き刺さっているのだ。 咄嗟に呪文を放とうしたが、今度は槍が地面から生え、杖を弾き飛ばす。 「あは―――あはは―――アハハハハハハハハハハハハッ!!!」 そんなタバサを、ルイズが哂いを噛み殺すの止め、耳元まで裂かんばかりに口を開き、禍々しいまでの嘲笑を持って、見つめていた。 その顔に苦悶は無く、まるで痛みすら感じていないようである。 「不思議かしら? あんな串刺しにされながら、呪文の詠唱を終えていた事が? んっ?」 ルイズの言葉に、タバサは耳を貸さない。 確かに疑問はある。 あんな傷だらけの身体では、痛みによって詠唱の為の集中など出来ないであろうに、彼女は自分が降り立つまでに錬金の詠唱を終えていた。 それは、つまり、あの串刺しの最中から詠唱をしていた事に他ならない。 「私のホワイトスネイクは『記憶』をDISCとする。 そして抜かれたDISCの『記憶』を失う。 これはその応用なんだけど、『痛覚』を『記憶』DISCにして抜いた訳よ。 痛覚さえ無ければ、痛みで詠唱の集中を邪魔される事も無かったわけ」 耳を貸すな……あれは、優越から来る油断だ。 今、この状況を打開するには、この油断の最中しかない。 考えろ、考えろ、考えろ。 この状況を打開する手段を。 「正直、あんたがここまで頑張れるなんて思わなかった。でも、それもお仕舞い。 ホワイトスネイク! あいつのDISCを私の手に!!」 傷だらけの白い身体が、歩き始める。 ルイズの元から離れ、ゆっくりとタバサの方へと。 「怖がる事は無いわ。 あんたの場合は、『才能』も『記憶』も両方奪ってあげる。 苦痛なんて無い……だから安心して、眠りなさい」 謳うように諦めろと言うルイズにタバサは、僅かに口に動かす。 「――――――――――――」 「何? 何か言い残す事でもあるの?」 遺言ぐらいなら聞くわよ、と言うルイズに、タバサは確りと首を振り 「遺言では無い。もう十分と言った」 確りした口調でそう言った。 「もう十分? 何、もう十分戦いましたとでも言いたいの?」 「もう十分引き付けた。後は貴方の仕事」 タバサの言葉に答えたのは、風を切り裂くブレスの轟音であった。 「風竜!? そんな、今まで何処に!?」 ルイズは知る訳が無い。 頭上でブレスを吐いたその竜が、すでに絶滅されたとする風韻竜であり、その身を今まで先住魔法により、空と同化させていたなどと。 いや、知っていた所で、これからの結末を変える事など彼女には出来なかった。 「ぐっ、ぐぐぐぐっ―――!」 無理矢理に身体をブレスの着弾点から移動させようとするが、彼女の身体の足は、すでに足として機能できないまでに壊れている。 例え、痛覚が無くなっていたとしても、壊れているモノは動かない。 頼みの綱のホワイトスネイクも、タバサの近くへ行っている為に間に合わない。 「――――――――――――――――――あっ」 今まで立っていた事が奇蹟のルイズの身体は、無理矢理に動かした事により、 ゆっくりと地面へと倒れ落ちようとしていた。 このまま倒れ落ちたら、多分、死ぬ。 いや、倒れなくても、このままブレスの直撃を受けて…… そこまでルイズの思考が辿りつくと、その先は、もうゼロだった。 何も考えられない。 何も考えたくない。 無我の境地と言えば聞こえは良いが、それは、現実を拒否する者の至る所。 忘却の果てのゼロに至ったルイズは、ぽかんとした顔で自分を完膚無きまでに 破壊するブレスを見上げ――― 「ルイズ!!」 何処か懐かしい、赤髪の少女に突き飛ばされた。 「そうして……君は“此処”に辿りついたと言う訳か…… ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 何もかもを委ねたくなるような、壮言な響きにルイズは、顔を上げた。 そこには、柔らかそうなキングサイズのベッドに身体を横たえ、ワイングラスを片手に大きな本を読む半裸の男が居た。 何者だろうこの男? いや、それよりも、此処は一体? 「“此処”において名などあまり重要では無い そんなモノで分類できるものなど、存在しないのだからな。 まぁ、それ以上に、私にとって名前は、意味は無い。 所詮、今の私は、君のスタンドの『記憶』から作り出された残滓なのだからな」 人の考えを読むように、疑問に答えた男は、僅かにワイングラスを傾け、それを口元へと運ぶ。 「そして“此処”だが……“此処”は君の中だよ、ルイズ」 私の……中? 「正確には、君の中に居るホワイトスネイクの『記憶』と 君の中の『才能』により、復元された『世界』だ」 どういう意味? 私の才能? それに世界って…… 「本来、ホワイトスネイクは『記憶』を扱う能力しか無い。 だが、あるスタンドと融合する事で、人々を天国へと到達させる存在へと成る。 あぁ、そんな怪訝そうな顔をするな。天国と言っても精神的なものだ。 何も、全ての者を死に絶えさせる存在じゃあ無い。 特異点へと加速をし『ゼロ』へと至る、そのスタンドの名を 『メイド・イン・ヘヴン』と呼ぶ」 そこで、一拍置き、私の理解できない頭を余所に男は話を続ける。 つうか、さっきの質問の答えにまるでなって無いわよ。 「天国へと至る為に、最も必要なのは特異点へ『ゼロ』へと至る事だ。 何故ならば、時の加速は、『ゼロ』に対する引力によって行うからであり、その場所に至らなければ、天国を実現することなど夢のまた夢」 さっきから『ゼロ』『ゼロ』『ゼロ』腹が立つんだけど…… と言うか、あんた、一体何が言いたいの? 「済まなかったな。では簡潔に言うとしよう。 ルイズ、君にはすでに天国へと至る準備が整っている。 特異点であるはずの『ゼロ』を内包し、天国へと至った『記憶』を持つホワイトスネイクを従える君には、辿り付けるはずなのだよ。 我々が望んでやまなかった。全てが『覚悟』を元に、運用される、天国に……な」 言っている事が訳分からないし、まぁ、でも、なんというか…… あんた……私に何かやらせる気なの? 「私がやらせる訳では無い。 全ては引力により、動いている。 人が誰と出会い、誰と恋し、誰と殺しあうのか。 全ては引力により決定され、我々にそれを変える術は無い。 その術を持つのは、『始まりから終わり』を持っている君だ。 君だけは、どんな世界であろうと『運命』の束縛に縛られる事は無い。 故に、君が天国へと至るのであれば、それは君の意思によるモノだ。 なぁに、難しく考える事では無い。 残念だが、今の君ではまだホワイトスネイクすら完全な性能で扱えていない。 今は成長の時だよ、ルイズ。 友と競い、学びあい、談笑しろ。それが君の精神を高め、スタンドを強める鍵となる」 …………私に……そんな相手なんか…… 「果たしてそうかな? 忌み嫌う相手だとしても、少し見方を変えるだけで、違って見えてくる。 私もそうだった。見下し、忌み嫌っていた相手が、無くてはならない友であることに気が付いた。 今では、もはや彼と私は文字通り、一心同体だがね」 ………………………………………………………………………… 「さぁ、目覚めるが良いルイズ。 君にとって必要な友を助けるか助けないかは、君が判断すれば良い」 ……助ける? 私……誰を助け………… ――――――ルイズ!!―――――― …………キュルケッ!! なんで!? どうして、私なんか…… 貴方の才能を奪って『ゼロ』にしたのは、私なのに……どうして!? 「それが友と言うものだからだ…… さぁ、もう行くが良い。それと、このホワイトスネイクに残滓として残っている『世界』を君に預けよう。 どうせ、『記憶』に過ぎない私には扱う事など出来ないのだからな。 もう、僅かな力しか残っていないが、相応しい持ち手にDISCの選定者である君が渡してくれたまえ……」 男はそう言うと、私の頭に、自分の頭から取り出したDISCを挿し込む。 すると、ベッドしか無かった空間に靄が掛かり、少しずつ何もかもが消えていく。 そうして、全てが消えたと同時に、私の頭は、この出来事すら忘れて現実へと帰還していった。 「キュルケッ!!!」 ルイズは、自身を突き飛ばした赤髪の少女の名を叫ぶ。 自身を呼ぶ声に気付いたキュルケは、ルイズへ微笑み、最後に鮮血で真っ赤に染まっている口元を動かす。 ――――――ごめんなさい―――――― それが謝罪の言葉であると理解した瞬間、ルイズの頭を血が駆け巡る。 もうキュルケのすぐ傍まで迫ったブレスが、彼女を吹き飛ばすのに、後一秒も掛からない。 一秒……それで十分だ。 何が十分なのか良く分からないが、とにかく十分だとルイズは感じていた。 その感覚は、吐き気を催す程の不快さをルイズへと与えてくるが、それに耐え、ルイズは、自分の身体に宿る、ホワイトスネイク以外の何かを『発動』させた。 キュルケは死を『覚悟』していた。 無論、自分には、まだまだ先があり、これから先、もっと生きていたいと言う欲求は確かにあった。 しかし、その欲求は、目の前で今にもブレスでバラバラにされそうな少女を見殺しにしてまで叶えたい願いでは無かった。 穴だらけのルイズを突き飛ばし、自分もブレスの着弾点から離れようとしたが、 すでにホワイトスネイクに踏みつけられた事で負傷をしているのを、鞭を打って移動していたキュルケの身体は、最悪のタイミングで限界を迎えてしまった。 先程のルイズと同じように崩れ落ちる身体。 ふと、キュルケはルイズと目が合った。 色々と言いたい事はあったが、この一瞬で伝えられる事は限られている。 だからこそ、彼女は、心の底からの謝罪の言葉を口にした。 「ごめんなさい……」 残念ながら、満足に口が動かず発音は出来なかったが、なんとか伝わってくれただろうか。 そんな疑問を胸に抱きながら、キユルケは死を受け入れようと目を瞑り…… 凄まじい衝撃音を耳にした。 あぁ、自分は死んでしまった、とキュルケは感じた。 あの物凄い轟音は、ブレスが着弾した音で、自分はその着弾点の中心でその音を聞いている。 (死ぬ時ぐらいは、もっと静かに死にたかったと言うのに……耳を塞げば、聞こえなくなるかしらねぇ) ルイズを助けた事で、何も思い残す事は無くなったキュルケは、何時も通りのノリに戻り、他愛も無い考えをつらつらと考えていた。 (お迎えは、まだかしらねぇ……と言うか、あの世に良い男って居るのかしら?) まぁ、あの世なんだから、良い男ぐらい居るでしょ、と自分で自分の疑問に答えたキュルケは、なんというか、違和感を感じ始めていた。 死んだはずだと言うのに、なんというか、痛い。 ルイズの使い魔に、踏みつけられた背中と、たぶん中身のどれかが潰れた腹の中が、もの凄く痛い。 (何よ! 死んでも痛みって感じるなんて、ちょっと! どう言う事よ!?) そんな理不尽な文句を、誰とも言えぬ誰かに言っていたが、 何者かに身体を抱き起こされる感覚に、キュルケは閉じていた目を開く。 そこには、桃色の髪を血で紅く染め上げた少女が、泣きそうな顔で自分を見つめていた。 ―――ルイズ……なんで?――― 疑問を口にしたかったが、声が上手く出ない。 それでも、ルイズには伝わったのか、自分もボロボロな癖に身体を持ち上げ、なんとか立ち上がらせてくれる。 そうして、見えたきた光景にキュルケは目を丸くした。 自分のすぐ横、その地点が、滅茶苦茶に抉れている。 間違いなく、シルフィードのブレスによる痕跡である。 しかし……何故? キュルケは、自分は確かにあそこに居たはずなのに、何故、位置がズレているのか、 もの凄く疑問だったが、その事をルイズに訊ねる前に、自分の頭に何かが入ってくる感触が彼女を襲っていた。 その何かは、まるで最初から自分の頭の中にあったように、ピタリとハマり、キュルケの中にあった喪失感を、まるごと消去する。 「……返す」 素っ気無いルイズの言葉に、キュルケは、ようやく、この少女が自分を取り戻してくれたのを悟るのであった。 ホワイトスネイクは、最初、何が起こったのか理解していなかった。 ただ、上に居る竜の吐いた何かに本体が潰されるのを、赤髪の女が庇い――― その女が、まるで『時を止めた』かのように、着弾点から一瞬で移動していた。 (コレハ……ルイズ……君ガ?) ホワイトスネイクは、彼にしては珍しく混乱していた。 時を止める。 その力は、彼の知る限り、両方共、消失しているはずであった。 一つは、彼自身の手で葬り、もう一つは、彼自身が取り込んだ。 なのに……何故? 赤髪の女を助け起こし、才能のDISCを返却する本体に目もくれずに、ホワイトスネイクは、ルイズが先程まで立っていた場所を調べる。 すると、そこには、一枚のDISCが落ちていた。 DISCの表面には、屈強な肉体を持つ右半身が砕けた人型が見て取れる。 DISCに封じられし、スタンド名は『世界』 ホワイトスネイクが吸収し、内に取り込んだはずのスタンドであった。 第四話 戻る 第六話
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ルイズの朝の目覚めは酷く遅かった。 それと言うのも、昨日のホワイトスネイクの『記憶』をDISCとする能力について詳しく聞いていた所為である。 「あー、この時間じゃあ、朝ご飯には間に合わないわね」 「私ハ、何度モ警告ヲ与エタ。ソレヲ無視シタノハ、ルイズ、君ダ」 ベッドで寝覚めたルイズの隣に、ホワイトスネイクは悠然と存在している。 その事実が、ルイズに不思議な安心を与えていた。 絶対なる力が自分の管理下にある、優越感による安心。 それがあんまりにも心地良くて、遅刻しそうなっているはずが、 ルイズの口元は油断すると緩みそうであった。 「っと、いけない。授業にまで遅刻したら流石にマズいわね」 すでにホワイトスネイクによって用意されていた着替えに、袖を通し着替えを始める。 ルイズが着替えている間、ホワイトスネイクは部屋の窓を開け、右手にDISCを一枚創りだす。 その様子を、ルイズは着替えの片手間にちらりと流し見た。 昨日の夜、ホワイトスネイクは自分の能力の他に、自分がどのような存在であるかも語り始めた。 『スタンド』 傍に立つ者と言う意味を持つその単語で表すエネルギー体であると言う言葉に、最初は半信半疑であったルイズだが、ホワイトスネイクが自分の考えたままの行動をし始めてから、『スタンド』の存在を信じるようになっていた。 自分自身の命令で動く使い魔。 しかも、その命令の伝達スピードは凄まじく、まるで自分の身体のようだとルイズは思った。 まぁ、真実、自分の身体な訳だったのだが。 ともあれ、ホワイトスネイクはどんな命令であれ従うし、能力的にもルイズに不満は無い。 まさに、彼女にとってホワイトスネイクは完璧な使い魔であった。 「さてと……そろそろ行くわよ」 着替えを終え、杖を右手に持つと扉には向かわず窓際へ向かう。 窓の外は晴々とした天気で、そろそろ授業の始業時間であることを告げていたので、ルイズは溜め息を吐き、少し急ぐことにした。 「ホワイトスネイク」 「可能ダ」 考えている事を察した自分の使い魔に、頬が緩みそうになったが、それに耐え、凛とした表情でルイズは窓からその身を投げ出した。 それに従うように、ホワイトスネイクも落ちていく。 堕落の中、ホワイトスネイクがルイズの身体を左腕でルイズを抱え、右手でDISCを寮の外壁に押し付ける。簡単なブレーキと言うやつだ。 部屋の窓から身を投げて、僅かに三秒弱。 十分に減速した速度で着地したホワイトスネイクの腕の中で、ルイズは満足げに呟く。 「まぁまぁね」 それは、素直ではないルイズの最上級の褒め言葉であるが、ホワイトスネイクに褒められて嬉しいと言う感情は存在しない。 「ほら、次は教室まで急ぎなさい」 抱えていたルイズを今度は背中におんぶして、ホワイトスネイクは草原を走り出した。 「良かった……ギリギリ間に合った……」 朝食は食べ損ねたが、なんとか授業には間に合うことが出来た。 ルイズは、小さな胸をほっと撫で下ろし、適当な椅子に腰掛けた。 ホワイトスネイクはと言うと、教室前でルイズを降ろした為、彼女の後ろに立ったままだ。 「………………」 「………………」 沈黙が重たい。 急いでいた為、ルイズは気が付かなかったが、ルイズとホワイトスネイクが教室に入ってきた瞬間、今まで雑談をしていた生徒達が一斉に喋るのを止めたのだ。 彼らは皆、昨日のマリコルヌがミンチ寸前にまでされるのを見ていた。 ―――目を付けられたらどうなるか分かったものじゃない。 教室に居た生徒の大多数はそういう思考であった。 無論、大多数と言うことは、そうは思っていない者も勿論居る訳で…… 「おはよう、ルイズ」 情熱で着色したように赤い髪に、それを一層引き立たせる褐色の肌と豊満な胸を合わせもった女生徒の挨拶に、ルイズは満面の笑みで返事をした 「おはよう、キュルケ」 その微笑みに、キュルケは違和感を覚えた。 家柄同士、憎みあう仇敵である自分に微笑むこともそうであるが、それ以上に、今朝のルイズは昨日までとは何かが違った。 「なあに、今日の貴方、ずいぶんご機嫌じゃない」 「そうかしら?」 「そうよ。そんなに使い魔がきちんと召喚できたのが嬉しかったの?」 「別に、使い魔が召喚出来たのが嬉しかった訳じゃないわよ」 これは嘘。ルイズは使い魔が出てきた事に心底喜んでいた。 最も、ホワイトスネイクの能力を知った今となっては、使い魔を召喚した喜びではなく、ホワイトスネイクを召喚した喜びに摩り替わっているが。 キュルケは、そんなルイズの嘘を簡単に見抜いていた。 伊達に一年間、家の因縁とか理由を付けてストーキングをしていた訳ではない。 ルイズの陳腐な嘘など、キュルケには丸分かりなのだ。 あんな亜人でこんなに喜んでいるなら、自分の使い魔を見せたらどんな顔をするのかしら? そんな思考が、キュルケの頭を過ぎり、すぐに自分の使い魔を呼ぶ。 無論、自慢する為にだ。 「そうなの……あ、そうそう、紹介するわ。私のフレイム。 どう、この尻尾。ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ」 「ふ~ん」 大して興味の無さそうに返事するルイズに、キュルケは眉を顰めた。 予定ならばここで苦々しげな顔をして、羨ましくなんか無いと言うオーラ全開の、意地っ張ルイズを見ることが出来たのだが、ルイズはこちらに全然興味を持っていない。 「羨ましくないの?」 思わず、キュルケはそう聞き返してしまった。 ルイズの召喚した亜人なんかより、こちらの方が絶対に良い使い魔なのに。 その思考から出された言葉に、ルイズは何を言っているんだ、こいつは? と言う視線をキュルケに返す。 「なんで、私が羨ましがらないといけないのよ?」 自尊心からではなく、本当に、ルイズは不思議そうに聞き返してくる。 それにキュルケは、ホワイトスネイクに視線を向けた。 どうやら、この使い魔。見た目以上にルイズの心を掴む何かがあったらしい。 その何かが、自分のフレイムよりも優れていて、その所為でルイズが羨ましがらない。 知りたい。 ルイズが、自分の使い魔をサラマンダーよりも上位に置いているその理由を知りたいと思い、 ルイズに訊ねようとした時、丁度良く扉が開き、担当の先生が教室に入ってきた。 仕方なく、追求の手を中断するしかないことにキュルケは不満だったが、 昼食の時に聞けば良いかと、席へと戻った。 ルイズは、勤勉な生徒だ。 自身の属性が分からない為、どの属性の授業もきちんと聞き、授業態度も非常に良い。 それなのに、今日のルイズは何時もと違った。 ホワイトスネイク。彼が居る為であった。 (ちょっと! あんたの方も気合入れなさいよ!) (無茶ヲ言ウナ。本来デアルナラバ、私ノ視覚ヲ本体ガ感ジル事ハ、意図モ簡単ニ出来ル事ノハズナノダゾ) (何よ、それって私が駄目な奴って言ってるの!?) (違ウ。昨日モ、言ッタガ、『認識』ガ足リナイ。モット、当然ト、出来テ当タリ前ト思ウノダ) 昨日の夜は、一瞬しか出来なかった。視聴覚への同調。 授業時間を使って、その練習をしているルイズであったが、ぶっちゃけ、うんうんと唸って五月蝿い。 「ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズが、そんなルイズの態度に気付き、注意をしようと声を掛けたが、ルイズは気が付かない。 「ミス・ヴァリエール!!」 もう一度、今度は大きな声を出し名前を呼ぶと、ルイズはビクッと跳ねて立ち上がった。 教室中の視線が自分に集まっている事に気付き、顔を真っ赤にして座るが、シュヴルーズは、そんなルイズに前に出てくるように告げた。 「貴方が努力家であると言う事は、他の先生に聞いています。 さぁ、この石を貴方の錬金したい金属に変えてごらんなさい」 他の生徒からは止めた方が良いと野次が飛ぶが、それは、ルイズの負けん気を刺激するスパイスにしかならない。 (あんな凄い使い魔が召喚出来たのよ! 錬金なんて目じゃないわ!!) そう、なんと言っても自分の使い魔は『心』を操り『記憶』をDISCに変える使い魔。 そんな使い魔を召喚した私が、錬金程度できなくてどうする!! 心から成功を確信し、杖を振り下ろすルイズ。 結果は、全てを薙ぎ払う爆発であった。 散らかった机の破片や爆発により砕けた硝子をホワイトスネイクは器用に片付けていく。 その様子を、ルイズは椅子に座って、ぼ~と見ている。 きちんとした使い魔は召喚できた。 召喚できたのに、何故、自分の魔法は一向に成功しないのか。 ルイズは、本当に疑問に思っていた。 自分はゼロなのか? No 何故なら、自分は使い魔を召喚している。 しかも、あんなに素晴らしい力を持っている者を。 では、何故失敗するのか。 ……それはきっと……自分が悪いから? 「ソレハ違ウ」 掃除をしていたはずのホワイトスネイクが何時の間にかルイズのすぐ傍にまで接近していた。 ルイズは、掃除していない事に怒るよりも、ホワイトスネイクの言葉が耳にこびりついて離れない。 「違うって……何が違うのよ」 「ルイズ、君ガ悪イカラ、他ノ連中ノヨウナ事ガデキナイノデハナイ。 君ハ、ソウイウ役割ナノダ。兵士ニ兵士ノ役割ガアルヨウニナ」 「何よ……それって、魔法が使えないのが、私の役割だって言うの…… ふざけないで!! そんな、そんな訳無い!! 魔法が使えないのが私の役割な訳無い!!」 ルイズの怒声に、ホワイトスネイクは何も言わなかった。 世の中には、自分が役割を演じていることすら知らずに居る人間が過半数だ。 別に、彼は自分の本体に、その少数になれとは言わない。 ただ、本体が自分の役割に満足していないのであれば、その欲求を満たすのもスタンドである自分の役目。 「自分ノ役割ガ不満デ、アルナラバ、ソノ場合、話ハ簡単ダ。 欲シイ役割ヲ他人カラ奪エバイイ」 「……奪う?」 随分と物騒な単語にルイズは思わず聞き返す。 役割を奪う……一体、どういうこと? 「生物トハ『記憶』ノ集合体ダ。誰モ彼モガ、ソレヲ知ッテイナガラ『認識』シテイナイ。 マァ、ソンナコトハ、ドウデモイイ話ナノダガナ。 重要ナノハ、先モ言ッタヨウニ、生物ガ『記憶』ノ集合体デアルトコロダ。 ドンナ些細ナ事デモイイ。例エバ、トイレデ、ケツヲ拭ク時ニハ、ミシン目デ紙ヲ切ルトカ、ソンナ些細ナ事モ『記憶』ガアルカラ出来ル事ダ。 ココデ、ルイズ。君ニ質問ダ。 素晴ラシイ料理人ガ居タトシヨウ。彼ノ作ル料理ハ人々ノ舌ヲ満足サセル。 モシモ、ソノ料理人カラ、人々ヲ満足サセル料理ヲ作レル『記憶』ヲ抜イタラ、ドウナルト思ウ?」 「そんなの、作れなくなるに決まってるじゃない」 幾ら腕の良い料理人もレシピも無しには料理は作れない。 同様に、その美味しい料理を作れると言う事実を忘れているのならば、美味い料理なんて作れるはずがない。 ルイズの返答に、ホワイトスネイクは、勉強を教えた子供が、初めて自力で問題を解いた時のように満足げに頷き、そこから、さらにもう一つの問いを口にした。 「デハ、ソノ『記憶』ヲ何モ知ラナイ、何モ作レナイ人間ニ与エレバドウナル?」 先程の問題を飛躍させたものだが、簡単過ぎる問題だ。 記憶が無くなれば作れない。 ならば、記憶があれば作れるようになるに決まってるじゃないか。 「そりゃあ、美味しい料理が作れるように――――――」 答えを形にしている最中、ルイズは止まった。 1秒・・・2秒・・・3秒・・・4秒・・・5秒 きっかりと静止時間5秒を体感した後、錆びた歯車のように不自然に口が動き始める。 「まさか……うぅん、でも、そんなことって……」 うわ言のように漏れる言葉。 それは、否定できないモノを否定する言葉であり、ホワイトスネイクが告げた事が、ルイズにとって、どれだけショッキングなのか、端的に表していた。 そんなルイズの耳元へ囁くように、ホワイトスネイクは優しく語り掛ける。 「君ガ『魔法』トイウモノニ拘ッテイルノハ知ッテイル。 ドレダケ君ガ辛イカモナ。何セ、私ハ君ナンダカラナ。 ナア、ルイズ。トテモ簡単ナ事ナンダ。 君ガ、一言、私ニ命ジテクレレバ、スグニデモ、君ハ新シイ役割ガ手ニ入ル」 その囁きは悪魔の囁き。 だが、ルイズにとっては天使の福音に其の物。 目の前に渇望してやまない物を出され、それを断れる人間など、どれ程居るのだろうか。 少なくとも、ルイズはそれを断れる人間では無かった。 キュルケが、アルヴィーズの食堂で頑張って鶏肉を頬張っているルイズを見つけたのは、昼食の時間が始まってから半分程した頃だった。 パクパクと、小さな口に鶏肉を一杯に頬張っているその様子がリスのようで、下品と言うように感じないのは、ルイズの容姿の所為であろう。 ともあれ、キュルケはルイズに近づこうと足を動かし―――その場で止まった。 なんというか……血走っている。 何がと言うと、ルイズの目がである。 獲物を狙う狩猟者のように鋭い目付きで、鶏肉をがっつきながら、辺りを見回している。 そんな彼女の後ろには、ホワイトスネイクが教室の時と同じように、威圧感を撒き散らしながら存在していた。 声を掛けるのも、近づくのも躊躇われる。 そんな雰囲気を身に纏うルイズに、キュルケは首を軽く振って近づいていった。 「今朝の爆発は、また一段と凄かったわねぇ」 フランクにからかいの言葉を掛けると、ルイズは食べていた鶏肉を皿に置き、口元を拭いながら立ち上がり、自分よりも背の高いキュルケを睨み上げた。 「何、なにか反論でもあるの?」 「――――――ッ!」 反論したくても、反論できない。 何せ爆発したのは事実なのだ。幾ら言葉を用いた所で、その事実を変えることは出来ない。 苦々しげにルイズは、椅子に座り食べ掛けの鶏肉へと手を伸ばす。 キュルケは、その様子に安堵していた。 やはり、ルイズはこうでないと。 今朝のように、余裕を持った態度ではなく、何時も切羽詰り、怒っていて、それでいて、誰よりも努力を忘れない、そんなキャラクターでないと。 ―――そうじゃないと、可愛くないじゃない まぁ、普通にしている時もお人形みたいで愛らしいんだけどね、と心の中でキュルケは呟く。 ここで、彼女の名誉の為に言っておくが、キュルケは同性愛者ではなく、普通の恋愛を楽しめる、普通な少女(?)である。 ここでの、愛らしいとか、可愛らしいとかは、背伸びして頑張っていくルイズを見るうちに目覚めた、母性本能のようなものだ。 まぁ、からかって、それに対して怒っている表情を見て、可愛いとか思っている時点で、母性本能とは、少しばかり離れている感じもしなくは無いが。 とにかく、ルイズの苦悶の表情は、キュルケの母性を刺激する。 なので、今回も、もうちょっと、その顔を、出来ればもう少し、怒った感じの表情見たいなぁ、のノリで、キュルケは悪ノリして、さらにからかいの言葉を掛けようと口を開くが 彼女は知らなかった。 その一言が、自分とルイズの間に、決定的な溝を作ることを。 「まぁ、これ以上責めるのも可哀想ね。例え、使い魔を召喚出来たとしても、『ゼロ』なんだからね」 キュルケには罪は無い。 何時もと同じノリで、軽く、飽くまで軽く口から出た言葉は、何時ものようにルイズの堪忍袋の尾を刺激して…… 「ホワイトスネイク!!!」 プッツーーーーーンと、小気味良い音と共にぶち切れたのだった。 それをキュルケが避けられたのは、奇蹟だった。 突然、鼻がむず痒くなり、人前だと言うのに大きなくしゃみをしてしまった。 くしゃみの反動で下がる頭―――その頭の上、僅か数ミリの所をホワイトスネイクの右手が通り過ぎた。 「えっ?」 最初、キュルケは何をされたのか分からなかった。 ただ、目の前、もう掠っても良い所をルイズの使い魔の右手が 恐るべき速さで自分の頭があった場所を薙ぎ払っていた事だけを認識して、あれに当たっていたら、頭なんて簡単にぐしゃぐしゃになるだろうなぁと場違いな事を思い浮かべていた。 「ちっ」 初撃を外した事に対するルイズの舌打ちが耳に届いた時、キュルケはようやく正気に戻った。 懐から杖を抜き、条件反射で魔法を唱えようとしたが、それは遅きに失した行為だった。 「ぐっ!」 杖を手に掴んだ瞬間に、自らの首もホワイトスネイクに掴まれる。 キュルケは自分を見つめるルイズの氷のように冷たい視線と、慈愛を持ち合わせていないようなホワイトスネイクの体温に、この唐突に訪れた事態が、自分の死である事にようやく気が付いた。 「……あっ」 漏れた単音は、一体何を伝えたかったのか。 キュルケ自身も、それは分からなかった。 ゆっくりと流れていく世界。 一秒が一日のような濃密さの死の淵で、キュルケは自分に振り下ろされるホワイトスネイクの左手を見つめ――― 「そこまで」 止まった。 キュルケも、ルイズも、ホワイトスネイクすらも止まった。 先程のルイズの怒声で皆がルイズ達を見ていたが、 誰一人、突然の事態に対応できなかった中で、ここでようやく事態を把握した第三者が出現した。 それに全員の世界が停止したのだ。 そして、その停止した世界を作り出した少女は、無言でルイズの後ろ姿に杖を向けている。 「タ……バサ」 首を掴まれ、呼吸も儘ならないキュルケの声に唐突に現れた少女―――タバサは眉すら動かさず、ルイズに向けた杖を動かさない。 「やり過ぎ」 タバサは、何時ものように自分をからかったキュルケに対する怒りを爆発させたと思って窘めの言葉を簡潔に述べたが、ルイズの身体は動かない。 ただ、静かに、音を立てぬように歯噛みするだけだ。 「ホワイトスネイク!」 怒りも顕わに、ルイズは使い魔の名前を呼ぶと、ホワイトスネイクは一瞬にしてその姿を、この世界から消失させた。 「「!!」」 首を掴まれていたキュルケも、そしてタバサも驚愕に顔色を変える。 ルイズはそんな二人の顔を見て、僅かに気が晴れたのか、 幾分怒りを和らげた表情になっていたが、それでも回りから見れば、十分にプッツンしている表情だ。 その表情のまま、ルイズは皿に残されていた鶏肉を一気に口の中に入れてから、小人の食堂を後にする。 残されたキュルケは、タバサに助けられて立ち上がりながら、言い過ぎた自分の口を恨むしかなかった。 小人の食堂を出たルイズは、暫く無言だったが、食堂から遠ざかるにつれて口の中で何かを呟き始める。 その呟きは、食堂に居た二人の内の、良い所で邪魔をしてくれた蒼い髪をした少女への呪詛の言葉。 「あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女!!」 なんという所で邪魔をしてくれたのだ。 もう少し、後、もうほんの少しで、あの忌々しいツェルプストーの牛女を永久に黙らせて、ついでに自分の望むモノを得られたと言うのに 「先に私を侮辱したのはキュルケなのよ!! 私は侮辱した事に対する報復をしただけなのに、何故止められなければならないのよ!!」 「少シ、落ツ着クノダ。我ガ本体」 「落ち着ける訳無いでしょう!! ほんの少し、あの幼児体型が邪魔に入るのが遅かったら、今頃、私を『ゼロ』と呼んだあの女を始末していたのに!!」 「……我ガ本体ヨ。コウ、考エルノダ。 アノ女ノ無キ者トスルノハ、マダ時期デハ無カッタ……トナ」 「どういう意味よ?」 足を止め、ホワイトスネイクに疑問を投げ掛けると、昨日の夜のように、ホワイトスネイクの長く分かり難い講義が始まった。 「『運命』トハ、時ヲ戻ソウガ、加速サセヨウガ、決シテ変ワル事ハ無イ。 君ガ、アノ女ヲ殺ス事ガ出来ナカッタノモ、ソウイウ運命ダッタカラダ」 「運命?」 「ソウ、運命ダ。 ルイズ。『ナルヨウニシカナラナイ』トイウ力ニ無理に逆ラオウトスルナ。 逆ラエバ、ヤガテハソノ反動ガ君ヲ襲ウダロウ。 ダガ、逆ニ考エルノダ。運命ニ抗エバ、抗ッタ分ダケノ反動ガ来ルノデアレバ ソノ運命ニ抗ワズ、運命ニ乗ルノダ。 ソウスレバ、キット行為スル道モ開ケルダロウ」 「何よ、それ。つまり、今はまだ、私を侮辱したあの女を生かしておけって事?」 ホワイトスネイクの言葉に、ルイズは若干不満げにそう呟くが、確かに思い当たる節はある。 あの時、確実にキュルケに当たると確信していたホワイトスネイクの右手が、偶然、当たらなかった。 偶然……言い換えれば運命となるその言葉に、どうやらキュルケは守護されていたらしい。 「ソノ通リダ。ルイズ、コレカラノ君ハ、運命ノ流レヲ見極メル事ニ力ヲ入レタ方ガ良イ」 「運命の……流れね」 ルイズは顎に手を当てて熟考する。 運命。 自分の使い魔である、ホワイトスネイクは記憶を操るスタンドだ。 だが、そのホワイトスネイクですら、運命は操れないし、見ることも聞くことも出来ない。 ならば、その運命を気に掛けるのは、使い魔の主である、メイジの役目。 「分かったわよ。これからはその事を心に留めとく事にするわ」 正直な話、運命などルイズにはまったく分からないが、それでも気に掛けとくのと、まったく気にしないのでは、どちらが良いか考えるまでも無い。 「ダガナ……ルイズヨ。一ツダケ言ッテオク事ガ―――」 「おぉい! 聞いたか!? ギーシュの奴が平民とヴェストリの広場で決闘するらしいぞ!?」 「聞いた聞いた、なんでもその平民は、この間、ここに来たばかりの男らしいぞ」 「あぁ、あのデザート配ってた奴か。珍しい黒髪をしてたなぁ……顔も結構可愛かったし……」 最後に一つ。 これだけは伝えなければいけない事柄を伝える前に、ホワイトスネイクの言葉は食堂から出てきたらしい生徒達の話し声に中断を余儀なくされた。 一方、ルイズはホワイトスネイクの言葉の続きよりも、聞こえてきた言葉に聞き耳を立てるのに必死である。 「貴族と平民が決闘だなんて馬鹿じゃないの? まぁいいわ、腹の虫は治まってないし、貴族に楯突いた平民の末路でも見て、気でも晴らしましょう」 まるで何処ぞに散歩に行くような気軽さで、ルイズはヴェストリの広場へと向かうが、ホワイトスネイクはそんなルイズの後を追わずに、その後ろ姿を見ながら中断された言葉の続きを口にする。 「ドンナ運命ダロウト……ドンナ因縁ダロウト……ソイツラハ乗リ越エル。 例エ、腕ガ無クナロウガ、例エ、友ガ死ニ絶エヨウガ、奴ラハ諦メナイ。 アノ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者達ハ。 我ガ本体、ルイズヨ。決シテ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者ヲ敵ニ回スナ。 奴ラニハ如何ナル能力モ、如何ナル力モ、勝利スル事ハ出来ナイ」 故に……『黄金の精神』を持つ者を見つけたなら、味方にすることを考えろ。 元本体の結末を思い出しながら、ホワイトスネイクは心の中で、そう付け加えるのだった。 第一話 戻る 第三話
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才人は、今まで馬に乗った事など無い。 元の世界では、バリバリのインドアタイプであった才人が、馬と触れ合う機会などある訳が無いし、仮にあったとしても、馬に任せて走らすのが関の山だろう。 だと言うのに―――――― 「こら~、もっとスピード上げなさい。 こんなんじゃあ、街に着く前に夜になっちゃうわよ~」 「あの……ミス・ヴァリエール。やはり、私がやった方が……」 「良いんですよ、ミス・ロングビル。 今は使用人の教育期間ですから。馬車の御者ぐらいさせませんと って、こらっ! 揺れが激しくなってきたわよ! もっと揺らさずに走りなさい!!」 「無茶言うな!!」 たは~、と溜め息吐く才人は、馬の手綱を確りと握り、あ~でもない、こ~でもないと必死に操作するのであった。 (とほほ……なんでこんな事に……) 思い出すのは今朝のやり取りである。 「サイト、今日は街へ行くわよ」 虚無の曜日。 元居た世界なら日曜に相当するその日も、休む事無くルイズの世話をしていた才人は、唐突に出された言葉に、目を丸くした。 「街に? 何、買い物でも行くの?」 ちなみにこの時点で才人は、もうすでにルイズに対して敬語を使っていない。 と言うか、普段からあまり敬語を使わない才人は、誰に対してこうである。 最初の頃は、それが気に食わなかったルイズであったが、もう慣れてしまったので何も言わない。 「買い物ねぇ……そういえば、あんた武器を持つと強くなるんだっけ?」 「えっ? 何言ってんだお前?」 思い出したかのように呟くルイズに、才人は頭大丈夫かと言うニュアンスの視線を送ると、思いっきり急所を蹴り上げられた。 「おまっ……オレの…………切ない部分を…………」 「使用人なら自分の役割ぐらい、きちんと認識しときなさいよ!! あんたの手にあるルーンはね、武器を持ったら、滅茶苦茶強くなるって言うルーンなの!?」 確か、そうよね? と後ろに待機しているホワイトスネイクに振ると、肯定の返事が返ってくる。 「ほらね、私の言ったとおりでしょ? 分かったらさっさと、準備して馬を駆りに行くわよ。 あっ、うん、やっぱり馬車ね。まだ怪我が完全に治ってないから、傷に響くの嫌だし って、何寝てるのよ! ほら、早く起きて、さっさと馬車を借りてきなさい! 早く!!」 「お前…………マジで無茶言うな……」 切ない部分の痛みに気絶しそうな才人は、それだけを呟くのが精一杯であった。 あの後、息絶え絶えで馬車を借りに行った才人は、馬車を借りる所でミス・ロングビルと出会って、何故か彼女と一緒に行く事で話が纏まってしまった。 類稀なる会話術と言うべきか、彼女の言葉に、ついころころと返事をしてしまったのだ。 おかげで、相乗りの事をご主人様に伝えて、もう一度切ない部分を蹴り上げられてしまったが。 「あれは……マジで勘弁して欲しいよなぁ……」 優しく踏まれるならまだしも、力の限り蹴り上げられるのはどう足掻いても、ドメスティク・バイオレンスだ。 正直、目から塩水がでちゃいますよ俺的な状態である。 「サイト~、着くまで暇だから歌でも歌いなさい~」 横暴だ。あんまりにも横暴だ。 後ろから響く、歌えコールにサイトは涙を堪えて、ドナドナの歌を歌い、そんな暗い歌を歌うな! と、後ろから、杖で思いっきり叩かれるのであった。 一方その頃、キュルケはタバサの部屋で紅茶を飲んでいた。 本当なら、ルイズの所で飲もうと思っていた代物だが、訊ねた時にはすでに部屋はもぬけの殻であった為に、もう一人の親友であるタバサの部屋へやってきたのだ。 無論、部屋の扉はアンロックで開けた訳だが。 「それにしても、ルイズは何処に行ったのかしらねぇ」 不思議そうに呟くキュルケの声に、タバサは反応しない。 ただ、目の前の、自分の顔より大きい本に読み耽っている。 別にその事にキュルケは腹を立てたりはしない。 何故ならこの娘は、本の虫であり、どんな時でも本を手放さない、本フェチだからだ。 そんな娘が、本を読んでいる時に返答をしてくれるなど、これっぽっちも考えていない。 「まぁ、街に秘薬でも探しに行ったか、何かなんでしょうね。 ルイズの怪我、まだ治っていないみたいだし」 加害者がその場に居ると言うのに話題にする内容では無いが、タバサは気にした様子は無い。 いや、少しだけ、本当に少しだけ目頭がピクリと動き、その事に関する事に何かしらの思いがある事を示していたが、残念ながら、それだけの変化で気付ける人間など、それこそ居ない。 実の所、タバサはルイズの事を警戒している。 あれだけの怪我を負わしたのだ。 自分の所に報復に来てもおかしく無い。 いや、彼女の性格から鑑みても、報復に来るはずなのだ。 今日、何処かへ出掛けたのも、恐らく怪我を完全に治す為の秘薬を手に入れる為だろう。 そして、怪我を完全に治癒した時、こちらに仕掛けてくる。 少なくとも、タバサはそう思っていたし、その為の準備もしている。 来るなら来れば良い。だけど、今度は仕留め損なわない。 そんなタバサの感情を表すように、手に握られている表紙が、少し歪んだ。 「ってな訳で、学院長ったら、わしはまだまだ現役だぞぃとか言って、私の事を口説いてくるのよ」 他愛無い話を耳から耳に流している中、キュルケが思い出したかのように 「あっ、そうそう、ギーシュの奴なんだけど、きちんと回復したわよ」 と、タバサにとって聞き捨てられない一言を漏らした。 「…………なんと言った?」 「えっ?」 「今、なんと言った?」 普段、読書中には返事をしないはずのタバサからの返事に、キュルケは一瞬たじろいだが、すぐに先ほどの言葉を繰り返す。 「えっ、あっ、いや、だから、ギーシュの奴なんだけど、きちんと回復したわよ」 ギーシュの症状を見たタバサは、その答えに思わず読んでいた本に栞を挟まずに閉じた。 そして、キュルケを真っ直ぐと見据えたタバサは、真剣な目つきでその先を促す。 「もっと……詳しく」 まるで砂漠の放浪者が、オアシスを発見したような必死さで聞くタバサに、キュルケはただならぬモノを感じて自分が知っている、ギーシュに関する事の顛末を聞かせるのだった。 「それでは、私はこちらに用事があるので、失礼します。 あぁ、それから、私の事は待たなくて結構ですよ。別の馬を借りて帰りますから」 ミス・ロングビルは街へと着くと、そう言って狭い路地の雑踏へと姿を消していった。 その後ろ姿が去っていくのを確認した後、ルイズは思いっきり不満げに、フンッ、と鼻を鳴らした。 「どうしたんだよ?」 「別に……ただ、ああいう手段が好きじゃないだけよ」 「?」 頭に疑問符を浮かべる才人を一瞥して、ルイズは街へと歩き出す。 (まったく……監視だなんて、やる事が陰湿なのよ) おまけに、ご丁寧にも一緒の馬車に乗って、監視している事をアピールしているあたり、これを仕掛けた人間は相当に性格が悪い。 (言われなくても、こっちだって、今は、騒動はごめんよ。 怪我だった治ってないしね) そう言って、学院の方を鷹のように鋭いを目で睨む。 「大方……学院長あたりでしょうね……」 ルイズの言動の意味が分からない才人は、先程から浮かべている疑問符の数を増やす事しか出来なかった。 「とりあえず、武器屋ね、その後は何処か人の集まる場所に行きましょう」 「武器なんて、誰が使うんだよ?」 大通りと比べると、どうにも不潔な感じがする路地裏を歩きながら、ルイズと才人は言葉を交わす。 「あんたに決まってるでしょ」 「あっ、やっぱり」 使用人として扱き使われた挙句に、武器を持って戦えなんて理不尽だなぁ、と才人は嘆いたが、口には出さなかった。 なんというか、そんな予感はしていたし、これから先も自分は決して平穏と言える生活なんて出来ないだろう。 そんな確信めいた予感に、才人は目頭が熱くなった。 「寂れた所ね」 開口一番にそう告げたルイズは、店主が唖然としているのにも関わらず、店の中の武器を観察し始めた。 横に居るホワイトスネイクと談議しながら買う物を真剣に選ぶ様子は、どう贔屓目に見ても少ないお小遣いで買う物を迷っている中学生だ。 「この槍はどうかしら?」 「槍ト言ウニハ持チ手ノ部分ガ脆スギル。コレデハ、相手ヲ突イタ瞬間ニ折レル可能性ガアル」 うん、ボクは何も聞いてないし、聞こえないよ。 あれは、楽しく物を選んでいる中学生。 断じて、相手が死ぬ様を想像しながら、武器を選んでいるメンヘラっ娘じゃあ無い!! 「脆い武器が多いわね。こんな強度じゃあ、首一つ落とせないんじゃないの?」 「ソウデモナイ。骨ト骨ノ間ヲ通スヨウニ斬レバ、肉ト脊髄ノ中身ヲ断ツダケダカラナ コンナ玩具ノヨウナ強度デモ可能ダ」 ――――――断じて無いよ。多分。 「貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさぁ。 ここにある武器達も、まっとうな所から流れてきた正規のもので、脆いだなんて、そんな事、決してありませんぜ」 ようやく、ルイズの容姿と発言のギャップから復活した店主が、店の品の擁護を始めるが、相手が悪い。 店主の脆くない発言を聞いたルイズは、長さが2メイルもありそうな大剣へ視線を向けると、瞬時にホワイトスネイクがその大剣に拳を打ち込み、ぶち壊した。 唖然とする店主と才人。 ルイズは、フンッ、と偉そうに鼻を鳴らし 「どう、これでもまだ脆くないなんて言い張るつもりなの?」 堂々と、脆さを認識させた。 「良い、私が欲しいのは、武器なの。 武器が素手に負けちゃあ、話にならないわよね」 まるでホワイトスネイクの喋り方が移ったかのような粘着質なルイズの声に、店の店主は、ひぃぃと喉から声を出して、店の奥へと消えていく。 恐らく、一番頑丈な武器を探しに行ったのだろう。 「すげぇな……ホワイトスネイクさん」 店主に続いて現実に帰還した才人は、感嘆の声をあげながら、砕けた剣の欠片を拾う。 「別にこれぐらいなら訳無いわよ。 と言うか……なんで、あんた、こいつに“さん”付けなのよ」 私の事は呼び捨ての癖してと、じと目で睨んでくるルイズに才人は、いや、なんかね、と口篭る。 才人は、チラリと名前の話題が挙がっているホワイトスネイクへと視線を送る。 172センチある才人を見下ろす2メートルの身長を持つホワイトスネイク。 さらに、その目の奥は、何か言い表せぬ恐怖を讃えるように瞳の形を取っていない。 そんな存在と、ルイズが気絶している間、才人はずっと同じ部屋で過ごしていたのだ。 ぶっちゃけて言おう。 才人は、ホワイトスネイクに、めっさビビッている。 “さん”付けもそこから来たものだ。 動物が腹を見せるように抵抗の意思はありませんと伝えるのと同じモノである。 「いや……まぁ、なんとなく」 一応、プライドがある才人は、それを悟られないように言葉を濁す。 ルイズは、目を細め暫く才人を見ていたが、はぁ、と溜め息を吐いて 「こいつの事は呼び捨てで良いわよ。 そんな呼び方されちゃあ、あんたも落ち着かないでしょ?」 同意を求めるようにホワイトスネイクに視線を向けると同時に、店の奥から店主が顔を覗かせる。 「あの~、こいつなんか如何でしょう?」 宝石が散りばめられ、豪華の限りを尽くされたその大剣は、先程の剣よりも一回り程小さい。 「これ、ほんとに丈夫なの?」 「えぇ! えぇ! かの高名なゲルマニアの錬金術師のツュペー卿が鍛えた剣ですぜ。 さっきの剣なんか比べちゃあなりませんさ!」 自信満々の店主の態度に、ルイズは、とんとんと刀身を叩きながら、じろじろと見る。 「私……ゲルマニアってあんまり好きじゃないのよ。 そんな国の高名な錬金術師さんが作った剣……悪いけど、信用ならないわ」 ホワイトスネイクがルイズの言葉に呼応するように右手を振り上げ、剣を壊そうとするのを察すると、 主人は大急ぎで剣を抱きかかえ、一本の錆びた剣と取り替えた。 「何コレ?」 「いやぁ、実はこっちの方が頑丈だったのを思い出しまして これなら、幾らでも叩いて確かめてくださって結構でさぁ」 店主がヘコヘコして差し出した剣は、そんな店主の態度に、驚いたような『声』を上げた。 「おい! おいおいおい!! てめぇ、せっかく人が黙って、おっかねぇのが居なくなるのを待っていたのに、わざわざ目の前に出すたぁ、どういうことだ!?」 「るっせい! お前みたいなボロ剣とこの剣とじゃ、価値が違うんだよ、価値が!?」 店主と言い争うボロ剣に、才人は、うわぁ、と驚きの声を上げ、ホワイトスネイクは振り上げた手を、ゆっくりと元の位置へ戻す。 「すっげぇ、この剣喋る!?」 「へぇ、インテリジェンスソードなんて……面白いものを置いているのね」 物珍しげに才人は、ジロジロと店主と叫びあっている剣を観察し、ルイズは、顎の下に手を当てながら、何かを考え込んでいる。 「お前見てぇな、ボロ剣はさっさと壊されちった方が世の為なんだよ、このスカタン!」 「んだと、ゴラァ!! やれるものならやってみろ! 言っとくが、てめぇ如きに壊される程、俺ぁ、柔じゃねぇぞ!!」 剣のやれるものならの発言を聞いた瞬間、ルイズの口元は面白いぐらいに吊り上がる。 「じゃあやってみましょう」 店主と言い合いをしていたはずの剣は、ひょいっとホワイトスネイクにその柄を掴まれ、ようやく自分の現状を思い出した。 「いやはは、その、今のは言葉の綾ってやつでな。 いや、マジで勘弁して欲しいかなぁ――――――」 なんとか延命を希望する剣に、ルイズは無言で首を横に振る。 才人は、不憫な奴だなぁ、と十字を切り、せめて安らかな眠りをと祈りを始める。 「おい、こら! そこの奴! 見てねぇで助けろ! いや、頼む、助けてください!」 そんなことを言われても困る。 才人としても、本日三回目となる切ない部分へのダメージは、遠慮したいのだ。 と言う訳で、素敵な笑顔を浮かべ、左手の親指を遥か天の上へと向け、歯を輝かせて 「うん、それ無理」 キッパリと切り捨てた。 「テメェェェェェェ!!」 剣の悲痛な叫び声と、ホワイトスネイクの拳が風を切る音は、ほぼ同時であった。 「……痛い」 ホワイトスネイクの拳打は、ルイズのそんな一言で終わった。 驚くべき事であるが、ホワイトスネイクの幾重の拳も、あの剣を砕く事は出来なかった。 逆に、打ち続けたホワイトスネイクの拳の方が砕けはしないが、幾らかのダメージを負っている。 「ハァー……ハァー……貴族の娘ッ子……おめぇ、随分と無茶してくれるじゃねぇか……」 泣きそうな声で、ボロ剣が呟く。 どうやら、マジで砕かれる可能性を考慮していたらしい。 そんな剣の様子に、ルイズは僅かに溜め息を吐いた後 「これ、お幾ら?」 店主にこの剣の値段を聞くのであった。 店主と値段交渉しているルイズを横に、才人は自分の相棒となる剣を握っていた。 案の定、剣を握った時、左手の奇妙な痣が淡い光を放ち、身体が軽くなったような不思議な感触に才人は襲われていた。 「おでれーた。おめぇ『使い手』か」 使い魔のルーンが発動中の才人に、剣はそう声を掛ける。 「『使い手』?」 台詞を鸚鵡返しした才人に、剣は、しばし、黙り、そして 「うっし、俺の名はデルフリンガーって言うのだが、これからもよろしく頼むぜ、相棒」 何故だか『使い手』については語らず、自己紹介をしたのであった。 その事に疑問を感じた才人であったが、まぁ、別に良いかと、自分もボロ剣改め、デルフに名前を教える。 そうこうしている内に、値段交渉を終えたらしく、ルイズはつかつかと出口へと向かって行く。 「ほら、行くわよ。次は人が集まる場所に行かなくちゃならないんだから」 ルイズの横柄な態度に、才人は、あいつはツンデレ、あいつはツンデレ、と辛い時に唱えると楽になる呪文を唱えつつ、その後を追うのであった。 次にルイズが訪れたかった場所は、人が多く集まる場所であった。 何故、そんな所が御所望かと問えば、情報が欲しいとの一言が返ってきた。 情報、情報ねぇ、と才人は首を捻り、RPGゲームで情報と言えば、酒場と言う事で、大通りの近くにあった、それっぽい店に入る事となった。 「「「いらっしゃいませ~!!」」」 店の中に入ると大勢の少女が、きわどい衣装に身を包み給仕をしていた。 いや、何ここ? ヘヴン? ボクは天国にでも迷い込んでしまったのかなぁ、と才人がぼーとしていると後ろから、本日三度目の切ない部分を直撃する蹴りが飛んできた。 「こんな所で情報なんて集められる訳無いじゃない! ほら、出るわよ!!」 自分のした事の重大さを理解していないルイズは、何度喰らおうと慣れない痛みに地面をのた打ち回っている才人に、さっさと店の外に行くと告げるが、動かない。 「おまっ……本当、本当……ここだけは勘弁してください……」 どうやらダメージが蓄積していたらしく、少々深刻な事態に陥っているようだ。 (しまった……やり過ぎたみたいね…… む~、こいつが回復するまでここに足止めか。それにしても良い匂い…… そういえば、お腹も空いてきたし、食事も取れるみたいだから、少しぐらい居ても良いかな) どのみち、才人が再起するまで動くに動けない。 とりあえず、近場のテーブルの椅子に才人を無理矢理座らせ(勿論、やったのはホワイトスネイク)自分も同じテーブルの椅子に座る。 「ご注文を伺います~」 胸を強調した服を着た黒髪の給仕が、注文を聞きにきたので、メニューから適当に品を選ぶ。 「そちらのお客様、ご注文はお決まりになりましたか?」 悶える才人に答えられる道理は無い。 「無理みたいだから良いなよ」 「わかりました、では、しばらくお待ちください」 「あぁ、ちょっと待って。 ここも、一応酒場でしょ? 噂話に詳しい奴って居ない?」 黒髪の給仕は、ルイズの問い掛けに目を輝かせ、 「それなら、あたしが一番詳しいですよ!」 と、豊満な胸を張って答えた。 ルイズが運ばれてきた食事を取りながら、黒髪の娘(ジェシカとか言うらしい)と会話している横で、才人は奇妙な容貌の者と対峙している。 「………………」 「………………」 その者の名は、ホワイトスネイク。 彼はルイズが話し込んでいる事もあり、暇を持て余しているのか、才人の事をじっと見据えていた。 「…………あの……」 「……………………」 無言で。 どうかと思う。 「あの、ホワイトスネイク……さん?」 “さん”は要らないとルイズに言われたばかりであるが、 どうにも無言で、しかも無表情と来ているホワイトスネイクに、どうしても、“さん”を付けてしまう才人であったのだが 「ルイズガ、言ッテイタロウ……“サン”ハ、必要ナイ」 「あっ、はい、すんません」 唐突に返された言葉に思わず頷いてしまった。 そこで、才人は気が付く。 今のが、ホワイトスネイクとまともに成立した初めて会話であった。 会話を交わした。その事実に気が付いた才人は、どうせルイズの話も長引きそうだし、粘って、もう少し会話をしてみようと決心する。 「なぁ、あんたってさ、パッと見て人間みたいだけど、種族って何なの?」 「種族、ト言ウモノガ、ソノ存在ノ分類ヲ示スノデアレバ『スタンド』ト言ウ呼ビ名ガ、私ノ種族ダロウナ」 「『スタンド』ねぇ……聞いた事無いや」 「ソレハソウダロウナ。コノ呼ビ名ヲ付ケタノハ、DIOト言ウ名ノ男ダ。 私モ、便宜上、ソレヲ使ッテイルダケニ過ギナイ」 「はぁ~、あだ名みたいなものなんだ?」 「ソウダナ……個々ガ好キ名デ呼ブ場合モアルカラナ。 『守護霊』『悪霊』皆、好キ勝手ニ呼ンデイル」 「『守護霊』に『悪霊』って……あんた、幽霊だったの!?」 驚くような声を上げた才人は、ホワイトスネイクを確りと見る。 がっしりとした肉体に、へんてこな頭部。体に刻まれた変なマークに……足はキチンとある。 「いやいやいや、足だって、あるし、何より、触れるじゃん」 そう言って手を伸ばし、ホワイトスネイクの手に触れた才人であったが、ホワイトスネイクは、首を横に振った。 「触レラレルカ触レラレナイカハ、些細ナ問題ダ。 我々ハ、本来、スタンド使イ……要スルニ、我々ヲ扱ウ者ニシカ見ル事ハ出来ナイ精神体ダ」 「えっ? でも、見えてるじゃんか?」 そう言う才人は、テーブルに置いてある水の数を数える。 ひぃ、ふぅ、みぃ。 きちんと三人分。 つまり、ホワイトスネイクの分もあり、これは少なくとも給仕の娘には、ホワイトスネイクが見えてる事に他ならない。 「ソウダナ……私モ、ソレガ疑問ダッタガ、マァ、ドウデモ良イ。些細ナ事ダ」 そう言い切るホワイトスネイクに、才人は、こいつ……理知的な喋り方してるけど、実は大雑把な奴なんだなぁと、妙に親近感が湧いてきた。 出会ってから感じていた、苦手意識も自然と消えていく……ように感じる。 「なんだ、あんたって、案外大雑把なんだな。 俺、てっきり気難しい細々とした奴かと思ってたんだけど」 よく物事を考えずに言葉を口にしてしまうのは、才人の悪い癖であるが、ホワイトスネイクは、別に気にしていなかった。 と言うか、才人はおろか、他の人間の言う事もホワイトスネイクにとっては瑣末事だ。 彼にとって、自分が自発的に動くべきは本体の為だけであり、それ以外は全て面倒な出来事である。 今、こうやって才人と会話しているのも、彼にとってこの数日間で目覚めた、暇に対する拒否反応だ。 暇を潰す事だけが目的であり、それ以上でも、それ以下でも無い。 「ってな感じなんだけど……参考になった?」 「えぇ、助かったわ。ありがとう」 才人とホワイトスネイクが、適当な会話に花を咲かせているうちに、ルイズと黒髪の娘の話も終わり、食事に集中しようとしたルイズが、ふと顔を上げる。 「あんた、全然食べてないじゃないの? 何、お腹空いてないの?」 才人の手前に置かれた食事の類は、痛みに耐えていた才人が注文出来なかった代わりに、ルイズが頼んでおいた代物だ。 焼き立てのパンと、具材たっぷりのスープに、ドレッシングの掛かった何か良く分からない野菜のサラダ。 見るからに美味そうなラインナップであるが、ホワイトスネイクとの会話に集中していた才人は、まったくそれらを食べてない。 「食べないなら食べないでも良いんだけど、 私が食べ終わったら、店から出るから、食べるなら早くしなさいよ」 そう言って、残り僅かな鶏肉の照り焼きを、パクパクと食べるルイズに、才人は早食いで答えるのであった。 その頃、才人とルイズが居ない学院では、キュルケとタバサが、ギーシュの部屋の扉を開け、モンモラシーがギーシュに対して、あ~んをしている現場を押さえていた。 ギーシュとモンモラシーは勿論だが、そういうウブな行為をあまりしたことが無いキュルケですら顔を赤らめ、黙ってしまった中で、タバサだけが、つかつかと靴音を荒く立てながらギーシュへと近づく。 「質問がある」 「なっ、なんだい?」 いつもの無感情で起伏の無い声ではなく、何か言い知れぬ凄みを含む声に話しかけられたギーシュは、どもりながらも返事をする。 「貴方の今の状態とそうなった理由を詳しく教えて」 「状態と……理由?」 何を聞いているんだと首を傾げるギーシュだが、タバサの目があんまりにも鋭いので、仕方なく、つらつらと言葉を述べていく。 「状態と言われても……気分が凄く良いぐらいだね。 魔法も、また使えるようになったし……後、そうなった理由って言うのは、僕が正気に戻った理由かい? 正直に言うと、ルイズと決闘した後から今日までの記憶が、すっぽりと抜け落ちていてね。 モンモラシーに、今までの事を聞かなかったら、自分が壊れていたなんて、さっぱり分からなかったよ。 でも、聞いた話では、ルイズが僕の事を元に戻してくれたんだろう?」 ギーシュの問い掛けに、モンモラシーとキュルケは、同時に首を縦に振る。 それを見て、タバサは何かを考えこむように、僅かに目を瞑った。 ギーシュの症状は誰が見ても、もう、治せない状態であった。 ある理由から、色々と精神の病気について調べているタバサですら、ギーシュは一生あのままだと思っていた。 しかし、彼は目覚めた。 記憶の欠落はあるが、それ以外は、元のギーシュそのままだ。 つまり、完治している。あそこまで精神的に壊れていたと言うのに。 「………………」 無言で閉じていた目を開き、タバサは自室へと戻っていく。 試す価値はある。 否、これだけの成果を出しているのだ。 望みは十分にある。 問題は――――――どうやって頼むかだ。 一人、足早に歩くタバサは、その事を只管に考えていた。 「あんた、よく、そんなの買うお金があったわねぇ」 「一週間だけ厨房で働いてたから、その駄賃を貰ってたんだよ」 帰りの馬車の上で、才人は手綱を上手く操りながら、ルイズの言葉を律儀に返していた。 行きで苦労した甲斐があったのか、今の才人の手綱捌きは、そこそこ上達しているように見て取れる。 「ふ~ん、で、それ誰に上げるのよ」 ルイズが興味津々で訊ねるのは、才人が買った一つの腕輪だ。 ヒスイ細工の綺麗な腕輪は、少々値は張ったがそれだけの価値に見合う輝きと美しさを持っているが、才人が自分で嵌めるにはサイズが小さく、明らかに誰かのプレゼント用の品物だった。 「いや、世話になっている同室の娘にな」 思えば、シエスタには随分世話になっている。 ルイズ付きの使用人になってからも、シエスタの部屋から通っている才人は、毎夜、シエスタと顔を合わせる事で、一日の疲れを癒しているのだ。 それに、この二、三日はマッサージまでしてくれている。 感謝するなと言うのが無理な話であった。 「ふ~ん……」 なにやら詰まらなそうに相槌を打つルイズに、はて、自分は何か気に障る事でも言ったかと恐慌する。 「……いや、別にあんたが誰と付き合おうが、私には関係無いんだけど 使用人としての本分を忘れてまで、付き合うの駄目だからね」 ふんっ! 鼻を鳴らして使用人として自覚を持てと言うルイズに、薄ら寒いものを感じた才人は、そういえば! と大きな声を上げて、話題を逸らす。 「給仕の娘と随分長話していたみたいだけど、一体、何を聞いてたんだ?」 「そうね……まぁ、世の中にどんな人間が居るかって言う世間話よ」 何が楽しいのか、ルイズの声は先程と打って変わって、幾分、楽しそうな韻を含んでいる。 「中でも、モット伯とか言うのが、一番興味を引いたわね。明日辺り、会いに行くのも悪くないわ」 「明日は馬が借りられないだろ?」 「学院から近いから、徒歩でも大丈夫よ」 明日が楽しみね、と笑うルイズに、明日は、足がパンパンになるまで歩かされるであろう予想が、頭に浮かぶ才人であった。 だが、その予想は少しばかり早く実現することとなる。 その夜、部屋からシエスタの荷物が無くなっている事に愕然とする才人に、料理長のマルトーが放った言葉によって 第六話 戻る 第八話
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「・・・・・・ふぅ」 夕焼けの赤が夜の闇に侵食されている時間帯。 シエスタは纏めた荷物を宛がわれた部屋の床に、ドサリと置いた。 「・・・・・・まったく、運が無いですね・・・・・・私も」 モット伯。 平民の娘を雇い入れては、食い散らかしていると言う黒い噂を持つ、 学院に近い土地に領地を持つ一流貴族だが、シエスタは前々から彼に目を付けられていた。 方々に手を回して、自分に対しての興味を逸らそうとしたが、今日、とうとう、モット伯の所で働くと言う事で話がついてしまった。 「貴族の方に毎夜、身体を求められる生活なんて・・・・・・平穏じゃないです」 不満げに呟くシエスタは、整理整頓されている荷物から、一つのバスケットを取り出す。 そこそこの大きさのバスケットを開くと中には、何かを包んだ薬包紙が大量に入っている。 薬包紙の一つに一つに、シエスタしか意味の分からないように組み合わせた文字で名前が書いてあり、 どう見ても一介のメイドが持つべき物で無い事が見て取れる。 「ここから才人さんの所へ戻るのは、ちょっと大変そうですけど・・・・・・仕方ないです」 なるべく早く戻りたい所であるが、急いでは事を仕損じる可能性がある。 しかし、だからと言って、ゆっくりしていたら自分の貞操が、あんな手の汚い貴族に奪われてしまう。 「それだけは嫌ですね」 初めては好きな人と決めているシエスタは、即効性と隠匿率の高い薬を手に取り、なんとかしてこれを飲ませる方法を模索し始めるのだった。 「くそっ! 頼む! もっと早く走ってくれよ!」 焦れたような才人の声に、彼を乗せて走っている馬は嘶きを上げて答えるが、今ひとつ速度が遅い。 「その馬、今日は街まで行って帰ったきた奴だから、疲れているのよ」 それに私も乗ってるしね、と才人の腰に捕まり、馬に乗っているルイズが喋るが、才人の耳に届く事は無い。 「頼む、頼む、頼む! 間に合ってくれ! お願いだ!」 必死なのも無理は無い。 マルトーからシエスタが、モット伯と言うルイズが言っていた貴族の下へ奉公に言ったと聞いて、ルイズの部屋へ戻った才人は、彼女に、モット伯がどんな人間なのかを聞いたのだ。 曰く、その者の屋敷へ行ったら、少女は貞操を奪われるだろう。 曰く、世話をするのは昼だけでなく、夜のベッドの上でも世話をしなければならない。 曰く、嬲るだけ嬲って飽きたら、そのまま金だけ握らせ路上に捨てられる。 主に少女に対する、様々な黒い噂・・・・・・と言うよりは、事実を告げられた才人は、真っ青な顔で部屋を飛び出した。 自分の恩人の、貞操の危機に才人は、この世界に来てから初めて本気で焦っていた。 使用人のそんな様子に、部屋に残ったルイズは、どうやらモット伯絡みで何かあったのだろうと推測し、才人の後を追うのであった。 そして、現在に至る。 すでに夜も大分更けてきた中、もうに床に入り、一戦始めている恋人達も居るだろう。 もしも、モット伯が、そんな連中のように床に入って準備をして、シエスタを待ち構えているのならば・・・・・・・・・・・・ 才人は、自分の頭に浮かぶ悪い考えを、首を振って否定し、ただ、早く屋敷に着けるように馬を走らすだけしか出来なかった。 一方、ルイズも才人程では無いにしても焦っていた。 モット伯の行為は、女として何よりも許せない行為であるし、何より誇り高いトリステインの貴族がすることでは無い。 そんな者が平然とした顔でのさばり、あまつさえ犠牲者を増やそうとしている事実が、ルイズの堪忍袋の尾に直撃していた。 才人の知り合いのメイドとやらが手篭めにされている現場に、もしくは事の終わった後とかに踏み込んだとしたら、間違いなく後の事を考えず、モット伯を文字通りこの世から消してしまうだろう。 勿論、そんな事をやって一番困るのはルイズであるが、困ると分かっていても、その事態に陥ったとしたら、確実にプッツンいくだろうし、ルイズ自身、それを止める事は出来ない。 故に、そのような困った事態にならないように、シエスタとか言うメイドが犠牲になる前に着いてくれるよう、ルイズは、疲れてへばっている馬の尻を、自前の鞭で酷く叩くのであった。 理由違えど、焦る才人とルイズの間で、買われてから一度も抜かれていない剣は、尻を叩かれて暴れる馬の揺れに合わせて、寂しそうにその身を揺らしていた。 「次はこの料理をお願いします」 「は~い、今行きます」 「ワインの数が少し足りないみたいだから、誰か倉庫に行ってとってきてくれない?」 「あっ、私、行きます」 厨房に飛び交う少女達の声に雑じり、聞く者に安堵の感情を抱かせる少女の声が響く。 シエスタがこの屋敷に来て最初の仕事となる厨房の手伝いに来て、まず始めに驚いた事は、厨房で料理している人が全て女性・・・・・・しかも、皆、年若い、少女と言っても差し支えない者達だったことだ。 組んだ人の話では、ここの雑用は料理から力仕事まで全て女性が行っており、男性は護衛の為のメイジと衛兵だけらしい。 ほんと、良い趣味してるわよね、と憎々しげに呟く女性の雰囲気から、恐らく全てのメイドがモット伯の夜のお世話をしているのだろう。 なんとなく、メイド達の活気が無いのも無理はないなぁと、シエスタと一人頷いた。 ともあれ、食事と言うのは口から摂取し、尚且つ料理の味で薬の苦味なども誤魔化しやすい。 幸いにして、シエスタと組んだもう一人のメイドは、愚痴を溢しながら自分の仕事に集中しており、何をしようが気付かれる事は無い。 適当に相槌を打ちながら、シエスタは薬包紙の中身を少しずつ、モット伯の料理へと混ぜていく。 シエスタが、何故このような薬を、大量を持っているのか。 それは、彼女の曽祖父が残した手記によるものだ。 東の地から来たとシエスタが聞いている曽祖父は、博識であり、 彼が暇な時に戯れに残した手記には、様々な豆知識にも似た生活の知恵が記されていた。 他人から嫉まれず、馬鹿にされないように生活していたシエスタは、曽祖父の残した手記を読むのが何よりの楽しみとなっていた。 手記の中には、自分がこれまで知らなかった事や、当たり前のように思っていた事の真実など、幼いシエスタの好奇心を満たす様々な事柄が書いてあった。 手の大きさで対象との距離を測る方法。 卵を片手で一気に三つ割る方法。 そして・・・・・・一つの言葉。 何故、曽祖父がその言葉を手記に記していたのかは、今となっては分からない。 ただ、曽祖父の手記に一貫して書いてあるその言葉は、 シエスタにとって、金銀細工の装飾品より、彼女の心を掴んで放さなかった。 ―――私は、ただ植物のように平穏に生きたかっただけだ――― 平穏に生きる。 言葉にすると単純だが、実際問題実践するとなると、案外大変なものだ。 それも、平民のような貴族のさじ加減一つで、死ぬような者は特にだ。 シエスタは、薄々気付いていた。 手記に記されている、この言葉を実行するには、何者の干渉を吹き飛ばす『力』が必要になると。 故に、彼女は『力』を準備していた。 非力で魔法も使えない自分の『力』 子供の頃から野山に入り、茸や薬草に関しての知識を高めていったシエスタは、その『力』の在り処を薬に求めた。 それが、この薬の山だ。 だが、準備をしていたこの薬の山も、今までは、まったくと言っていい程、役には立たなかった。 それもこれも、彼女には『立ち向かう意思』と言うものが、根本から欠落していた為だ。 平民にとって、一種の洗脳とも言える貴族へと畏怖は、平穏に生きると言う目標を持っているはずのシエスタからも、貴族に対する反抗心を奪っていた。 例え、薬の効力が100%だろうと、貴族ならばどうにかしてしまうのでは無いか? そんな疑念がシエスタの心にはあった――――――この間までは。 そう、平賀才人と言う少年が、ギーシュと言う学生だが、れっきとした貴族を倒してしまった時から、シエスタの心から、疑念も畏怖も消え去らしてしまった。 簡単な話だ。 自分と同じ身分の者が、貴族を倒した。 その事実がシエスタに、欠落していた『立ち向かう意思』を作り上げ、貴族が畏怖の対象では無い事を教えてしまったのだ。 こうなると、もはや彼女に怖いものは無い。 自信が付いたと言えば聞こえが良いが、簡潔に言えば、シエスタは調子に乗っていた。 普通の人間ならば、調子に乗った所で、貴族に対してのどうしようもないパワーバランスに、やがては気付くだろうが、シエスタの場合は、その限りでは無い。 何故なら、彼女は用意していた『力』があり、性質が悪い事に、その『力』は半端な貴族には太刀打ちできない程に強力であったからだ。 「どうぞ、メインディッシュでございます」 ソテーされた牛肉に濃厚なソースが絡められている料理をモット伯の目の前に出したシエスタは、テーブルに腰掛けている他の貴族を見渡した。 どれもこれも、下駄な笑みを浮かべて自分の事を――――――より正確に言うなら自分の体を見ている。 明らかに好色が見受けられるその目に、シエスタは吐き気をするのを堪えて、さっさと厨房へと引き返す。 彼女の耳には、聞く事すらおぞましい会話が流れてくる。 「ほぅ、あれが今日入った娘ですか。 なるほど、気立てのよさそうな娘ですなぁ」 「発育も中々で、これは味見のし甲斐があるのでは?」 「はて、味見とは何の事かな、私には何の事かさっぱりなのだが」 「これは失礼、伯爵。失言でしたな」 ガハハ、と耳に残る笑いにシエスタは無表情で口元を押さえる。 ふと、押さえている手に目がつく。 (嫌だ・・・・・・もう爪がこんなに・・・・・・) こまめに切っているはずのシエスタの爪は、何故か今日に限って異様に長くなっている。 伸びすぎた爪は、まるで獲物探して回る猛禽類の鉤爪のように、鈍い光を燈していた。 ルイズと才人がモット伯の屋敷へと着いたのは、彼らが食事を終え、酒を片手に談笑をしている最中であった。 途中、『疲労』のDISCを抜けば良い事に気がついたルイズが、馬の頭からDISCを抜き、凄まじい勢いになったので、予定よりも遥かに早く着く事が出来た。 その所為で、乗ってきた馬が(疲労を忘れさせていただけで、無くした訳では無いので)潰してしまったが、彼女にとってそれは些細過ぎる問題であった。 門番に、ヴァリエールの名を出し急ぎモット伯へ取り次ぐように言うと、彼女達は応接間へと通され、そこで待つように告げられた。 待つ事、十数分・・・・・・・・・・・・奇抜な衣装に身を包むモット伯と衛兵二人がルイズと才人の前に現れた。 「これはこれは、夜分遅くに一体何の用ですかな?」 もったいぶったようにゆっくりとした喋り方で、訪問の理由を問い掛けるモット伯にルイズは、フンッ、と鼻を鳴らすと手早く目的を告げる。 「今日、引き取ったメイドが居るでしょう」 「んっ? ・・・・・・あぁ、あの娘ですか。 確かに、居りますが・・・・・・何か御用でも?」 「あんたの犠牲者をこれ以上増やすのは、女として、貴族として許せたものじゃない。 だから、そいつは私が引き取るわ」 ルイズの発言に、モット伯は驚きのあまり目を丸くしてルイズを見ていたが、やがて、くすくすと忍び笑いをし始めた。 眉を顰めるルイズに、いやいや失礼と言いながらモット伯は口を動かす。 「はて、犠牲者とは一体何の事でしょうか? 私には皆目検討もつきませんが」 とぼけるモット伯の様子に思わず、プッツンしそうになったルイズであるが、彼女よりも辛抱ならない人物が、今、この場に居た。 「とぼけるな!! シエスタは何処だ!? 何処に居る!?」 自分自身驚く程の剣幕で、才人はモット伯に詰め寄るが、近づく前に衛兵の槍がその行く手を遮る。 「威勢が良いのは褒め所だが・・・・・・見た所、君は平民のようだな。 下がりたまえ。貴族相手にその態度・・・・・・命が幾つあっても足りないぞ?」 「うるせー!! 貴族貴族、そんなに貴族が偉いのかよ!! シエスタを返せ!!」 貴族が偉いのかよ、の件でルイズの眉が動いたが、まぁ、使用人の教育は後ですれば良いと、とりあえずルイズはその発言をスルーしたが、モット伯は違った。 彼も一応はトリステイン貴族。傲慢と自尊心の塊である彼は、貴族全般に言える事だが、侮辱に対して敏感である。 「・・・・・・貴族に対して、私に対して、その態度、気にいらんな」 「そりゃ良かった。立場を利用して女を嬲る奴に気に入られたら、鳥肌が出ちまう」 ルイズは思った。 もしかして、この使用人。人を怒らす事に関しては、かなりの腕を持っているのでは無いのか、と。 事実、モット伯は、明らかに怒りを抑えている表情をしている。 公爵家の娘である自分が連れてきた平民で無ければ、今すぐに八つ裂きにしているだろう。 「サイト、少し落ち着きなさい」 「俺は十分、落ち着いて――――――」 「いいから! 少し黙ってなさい!!」 幾ら挑発をして貰っても構わないが、戦闘になるのはマズい。 自分の怪我は、まだ完全に治っていない。 それはつまり、ホワイトスネイクもまた普段通りの性能を出せないと言う事だ。 これが、どうしようもないドットやラインクラスの連中ならば歯牙にも掛けない事なのだが、相手は、あの娘と同じトライアングルのメイジ。 なるべく戦闘は避けなければならない。 「君の所の平民は、どうも躾がなっていないようだね」 憮然とした顔で告げるモット伯に、ルイズは、えぇと頷きながら、一歩前へと進んだ。 ホワイトスネイクは、今は消えている。 あの奇妙な格好は見る者の警戒心を煽り、今からルイズがすることの邪魔になると考えたからだ。 「躾が出来ていないと言うのは同意しますが・・・・・・」 言いながらルイズは、モット伯へと近づいていく。 10メイル 「立場を利用して女を嬲る・・・・・・の件は、私も同意するところですね」 ゆっくりと、しかし確実に歩を進めるルイズ。 8メイル 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」 険悪な表情で、自分の耳に入った言葉を聞き返す、モット伯。 6メイル 「ですから、自分が貴族であることを利用して女性を言いなりにするなんて 誇り高いトリステインの貴族がすることではございませんね」 くすり、と蔑みの笑みを溢す。 4メイル 衛兵の槍がそこから進むのを拒む。 どうやら、ここまでが限界のようであったが、もう十分に近づいた。 「なんという謂れ無い侮辱だ!! 幾ら公爵家の娘であろうが、これ以上の横暴は命を縮める事となるぞ!!」 「命を縮める? 縮めてるのは・・・・・・あんたの方でしょう!!」 瞬間、ホワイトスネイクが槍衾を越え、モット伯の眼前へ出現し、その魔手を振り上げ一気に振り下ろす。 誰も彼も、あまりにも突然過ぎる闖入者に反応できず、結果、ホワイトスネイクの手はモット伯の顔面に喰らいついた。 「サイト!!」 才人は、ルイズの一声に呆気に取られていた顔を切り替え、背中の剣を振り抜く。 間合いには、すでに入っている。 「キタキタキター!! やっと抜いてくれたな、相棒!!」 「あぁ、抜いたからには役に立てよ!!」 振り抜いた勢いのままの袈裟懸けで、槍を打ちつける。 槍越しに伝わってくる衝撃に堪らず手を放して、武器が無くなった衛兵にデルフを突きつけ 「まだやるか?」 戦闘の継続を確認する才人に、彼らは両手を挙げ降参のポーズを取った。 元より、はした金で雇われた連中だ。自分の命を危機に晒して戦う忠誠など無いに等しい。 「よくやったわ、とりあえず、そのままそいつらを見張っておいて」 手早く衛兵を無力化した才人に褒め言葉を口にし、ルイズはモット伯の頭に手を突っ込んでいるホワイトスネイクの隣に立つ。 「どう?」 「反吐ガ出ルトハ、コノ男ノ為ニアル、ト君ハ言ウダロウナ」 何時も通りの感情の揺れがまったく感じられない声を発しながら、 ホワイトスネイクはモット伯の頭から一枚のDISCをルイズへと差し出した。 「視テミルカ? 中々ニ刺激的ダト思ウガ」 差し出されたDISCを頭部へ挿しこむと同時に、モット伯の『記憶』がルイズへと流れ込んでいく。 泣き叫ぶ少女。 笑う男の声。 血に塗れたシーツ。 虚ろな目から零れる涙。 助けを求め、動く口。 あまりのおぞましさに、ルイズは乱暴にDISCを抜き取った。 「何よ、これ・・・・・・何なのよ、これ!!」 どうしてこんなに惨い事が出来るのか。 例え、平民の娘だとしても、このような扱いをして良いはずが無い。 湧き上がる不快感と嫌悪感から、ルイズは『記憶』DISCを抜かれ呆然としているモット伯を思いっきり、蹴っ飛ばした。 『記憶』DISCを抜かれた者は軽度の者ならば、自分が何者であるかを見失う程度であるが、今のモット伯のように全ての『記憶』を抜かれた者は、まさに生まれたばかりの人間のようになり、自分がどのように寝て、どのように起きて、どのように食べて、どのように生活していたかを全て忘れる。 つまり、今の彼のように心神喪失状態になり、何も考えられないようになるのだ。 だが、生温い。 あれだけの事をしていたと言うのに、たかだか生きる屍と化しただけでは生温い。 ルイズの考えを察したのか、ホワイトスネイクは、もう一枚、『記憶』では無く才能のDISCを抜き取ると、全力でモット伯の股間を蹴り上げた。 プチリ、と男性が聞くと発狂しそうな音が周囲に響く。 才人も、衛兵も、咄嗟に自分の切ない部分を押さえて、痛みを堪えるように顔を顰める。 それだけの事をやったのは確かなのだろうが、それでも憐れだと感じてしまうのは、同じ男性としての性だろうか。 どさり、と倒れこむモット伯の頭にルイズは『記憶』DISCを戻す。 「アグウワァァァァァァァァァ!!!!」 意識が戻ったモット伯は獣のような雄叫びを上げ、両手で股間を押さえ込む。 「無能ならぬ不能なんて、貴方らしい末路ね」 小馬鹿にしたかのように、フンッ、と鼻を鳴らし、今度は衛兵へと向きを変える。 凍りつく衛兵だったが、次の瞬間に始まった、醜い命乞いならぬ、息子乞いにうんざりとした顔でルイズはホワイトスネイクに命じる。 軽く頷いたホワイトスネイクは、DISCを二枚取り出し、それぞれの衛兵の頭に挿しこむ。 それっきり、彼らの口が開く事は無かった。 それどころか、彼らは無言で叫び声を上げるモット伯を抱え、応接室を出て行ってしまったのである。 「何したんだよ」 暫く呆気に取られていた才人であったが、明らかに挙動がおかしくなった衛兵の事を問い詰めるとルイズは、ふふん、と自慢げに口元を吊り上げる 「・・・・・・男として機能しなくなったんだから、今度は女として教育してあげるように『命令』しただけよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うげぇ」 めくるめく官能的な男色を思い浮かべてしまい、思わず喉から胃液が出そうになる。 ホワイトスネイクが命令したのなら、容赦など欠片も存在しないだろう。 となると、良くて朝まで、下手をすると丸一日、掘られる事態に陥るに決まっている。 「自分が行った行為が、どれだけ苦痛な事か・・・・・・身を持って知りなさい」 ルイズにしてみたら殺されるより酷い仕打ちをしているつもりなのだが、実問題、不能にされた挙句にカマを掘られるのが、死ぬ事より辛いかは才人には分からなかった。 付け加えるなら、分かりたくも無い。 「さてと、さっさとメイドを連れて帰るわよ」 「良いのかよ、勝手に連れていって」 「良いのよ。向こうが難癖付けてくる頃には、私の怪我も治ってるから」 怪我が治ったのなら、別に騒動でも何でもござれだ。 まぁ、魔法の才能を奪われたと言うのに、その事を表立たせるような動きを、あの能無しが見せるはずも無いと思うが。 「ともかく、私が良いと言ったら良いのよ。ほら、分かったら、早くメイドの所に行って帰れるって事を知らせてあげなさい。きっと泣いて喜ぶわよ」 急かすルイズの言葉に、才人は今頃不安な気持ちで一杯であろうシエスタの事を思い出し、応接室から飛び出していく。 その後姿にルイズは、 「・・・・・・ご主人様に感謝の言葉ぐらい吐いてから行きなさいよ」 誰一人、自分とホワイトスネイク以外居なくなった応接室で、不満げにそう呟いた。 唐突に屋敷に響き渡った悲鳴に、爪きりをしていたシエスタは、薬が効く時間にしては少し早い事に首を傾げた。 (おかしいですね・・・・・・もう少し後に効能が出るはずなんですけど) おまけに、こんな叫び声をあげるなんて、予定には無い。 混ぜる分量でも間違えたか? いや、それは無い。 分量も確認したし、混ぜた料理を全て平らげたのも確認している。 どこにも、不手際など無く、完璧のはずだ。 しかし、そうなると、この叫び声は一体? 疑問と不安が織り交ざったような、言い知らぬ焦燥感に顔色が変わっていく。 「違う・・・・・・分量も完璧・・・・・・確認もした・・・・・・私は失敗なんてしていない。 だから、この悲鳴は私とは無関係・・・・・・」 呟きながら、シエスタは爪を噛んでいた。 ガリガリと、強く血が出る程に。 「・・・・・・タ・・・・・・ど・・・・・・・・・・・・シ・・・・・・」 ふと、耳に届く声に、シエスタは爪を噛むのを止めた。 聞き覚えのある声が、どたどたと足音を伴わせて、この部屋に近づいている。 シエスタは、その声の主が誰なのかに気がつくと、半ば呆然として立ち尽くしてしまった。 それは、ここに居るはずの無い、愛しい人の声。 忘れたくとも忘れられない、蠱惑的な手を持っている、自分に『立ち向かう意思』を教えてくれた人。 「シエスタ!」 「サイトさん!」 扉を凄まじい勢いで開き、聞き慣れた声と見慣れた姿で現れた少年に、シエスタは思わず抱きついてしまった。 先程の焦燥が嘘のように無くなっていくのが、シエスタにはまざまざと感じられた。 顔を見るだけで、声を聞くだけで、心の平穏が保たれる。 そんな心の拠り所が、目の前の少年である事を、シエスタは再認識することとなった。 「遅い」 屋敷の外に出た才人とシエスタに、ルイズが投げ掛けた言葉は、時間に対する文句であった。 「無茶言うな。シエスタの事を探すのにも時間が掛かったり、見つけてからも、二人で必要な荷物を見繕ったりとか、大変だったんだぞ」 「ふ~ん」 才人の反論に不承不承ながら、ルイズは納得した。 シエスタが、今持っている荷物は、手提げのバスケットと旅行カバンが一つ。 あれだけの時間で、それだけ荷物を纏めてきたのなら、むしろ褒めるべきが正しい形である。 「ところで・・・・・・どうやって帰るんだよ。 乗ってきた馬は、へばってもう走れないんだろ?」 「それなら大丈夫よ・・・・・・ここにも馬は居るから、それを借り――――――る必要は無さそうね」 何処と無く、緊張したような声色で告げるルイズの横で、ホワイトスネイクが何時も無表情であるはずの顔に憤怒を張り付かせ、空を見上げていた。 それに釣られて、才人とシエスタも空を見上げる。 二つの月が輝く空には、全長が6メイルもある竜がゆっくりと羽ばたきながら、ルイズ達へと下降していた。 地面へと降り立つ最中、竜の背中から少女の顔が覗く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙のまま見つめあう二人に、薄ら寒いものを感じた才人は、一歩どころか、五歩程度ルイズから遠退く。 「何の用?」 竜が完全に地面へと降り立つと同時に、地面へと降りた少女へ、油断無く問うルイズに、 少女は、自分の背より大きな杖を地面へと落とす。 「話がある」 杖を落とすと言う事は、メイジにとって戦う手段を放棄すると言う事だ。 動物で言うならば、腹を見せ、降伏を誓う動作に等しい行為に、ルイズは少女の、話があると言う言葉の重さを悟る。 「話なら後で聞くから、今は学院に送ってくれる?」 地面に落ちた杖を拾い、訊ねるルイズに、少女は頷き自らの使い魔へと言葉を掛ける。 主の言葉に従い、その身を伏せた竜の背に乗るルイズに続き、才人とシエスタは少女へと軽くお辞儀をしながら、竜の背中へと乗り込む。 最後に少女が竜の首の部分に乗り、手でトントンと頭を軽く叩くと、竜はキュイキュイと鳴きながら、大空へと羽ばたくのだった。 初めて竜に乗ったシエスタは、馬では味わえない感触に興奮しながら、モット伯の屋敷の方を見る。 「サイトさんが来るのなら、お薬使うんじゃなかったなぁ」 あれも、結構高かったのに、と惜しむように呟く言葉は、風の音に紛れ、虚空へと消え去るのだった。 ベッドの上に寝かされているモット伯は、屈辱と怒りでごちゃまぜになりながら、下半身から絶えず発せられる痛みに悶えていた。 自分の事を運んできた衛兵達は、今は部屋の外で声を張り上げている。 聞こえてくる内容は、不手際から怪我をしたモット伯、即ち自分が、自らの魔法で治療している為、誰も彼もこの部屋に入っていけないと言うものだった。 最初、何を言っているのか分からなかったが、次第に状況が読めてくると、いますぐに違うと叫びたかったが、先程まで叫び声をあげていた喉は枯れ果てており、もはや単音すら満足に発音できない。 部屋の外に出ようとしても、今の自分は動くだけで激痛を伴い、立ち上がる事さえ儘ならない やがて、部屋の外に集まっていた気配が、次々と消失していく。 恐らく、衛兵の説明に納得して部屋の前に集まっていた人々が散っていったのだろう。 完全に人の気配が消え失せると、二人組みの衛兵が、部屋の扉を開け、モット伯が寝ているベッドの近くまでやってきた。 二人は、まるで死人のように虚ろな表情で、自らの服を脱いでいく。 (なんだ! こいつら、一体何をするつもりなんだ!?) 脳で理解はしているが、本能はそれを認める事を拒絶するモット伯であったが、二人がベッドの上に這い上がってくると、流石に認めるしかなかった。 (私の・・・・・・私のそばに近寄るなああ――――――ッ!!!!) あまりのおぞましさに喉が張り裂けんばかりばかりに叫ぶが、やはり、声は出ない。 最後の最後まで、手で掴まれ、服を無理矢理剥ぎ取られても、モット伯は叫ぶ努力をしたが、結局、それは実る事が無かった。 結局、彼は30分間、シエスタ特製のお薬によって心臓が停止するまで、自分がしてきた行為を味わう事となったのであった。 第七話 戻る 第九話
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虚無の曜日より、日付を跨いで僅かに三分。 ルイズは中庭で、蒼い髪を持つ少女と対峙していた。 才人とシエスタの姿は無い。彼らは、日付を跨いだ事もあり、すでに自室へと下がっている。 つまり、これより先、ルイズと蒼い髪を持つ少女―――タバサとの会合を止める者など一人も居ないと言う事に他ならない 「まずは・・・・・・お礼を言うわ。 貴方のお陰で、予定より早く、学院に帰る事が出来たんだから」 助かったわ、と告げるルイズに、タバサは僅かに首を動かし、その言葉を受け取る。 「でも―――」 二の句を継げるルイズの声色が変化する。タバサにとって最も身近で、最も嫌悪すべき感情を内包して。 「貴方が放った氷の矢・・・・・・痛かったわ。死ぬ程ね」 憎悪が爛々と燈る瞳は、もしも眼力だけで人を殺せるなら、13回はタバサを睨み殺す程の殺意を秘めていた。 だが、その殺意もすぐに飛散する。 ルイズ自身が瞳を閉じ、タバサを見つめるのを止めた為にだ。 「貴方は・・・・・・危険。だから、あの時は、殺すしかないと考えた」 キュルケはタバサにとって、掛け替えの無い大切な友人だ。 タバサ自身、自分の愛想が悪いことは理解している。 こんな自分に友人が出来るはずも無いと考えていた。だと言うのに、キュルケは自分に対して、まるで当たり前のように親しく接しくれる。 嬉しかった。 母親の再起と、父親の仇への復讐に生きていただけのタバサに、誰かと一緒に居る事の楽しさを思い出させてくれた。 その事実が、タバサにとって、ただ只管に嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。 そんな友達を、目の前に居るこの女は才能奪い、あまつさえ殺す所であったのである。 「危険・・・・・・危険ね・・・・・・確かに、あの時、私は考え無しだった事を認めなければならないわ。 あの時の軽率な行動で、私は大切な友達を失う所だったんですもの」 虚空に視線を漂わせ、自然と口から紡がれたルイズの言葉に、タバサは目を大きく見開き驚きを表現してしまう。 「それは・・・・・・どういう意味?」 「・・・・・・あの時、キュルケは私を庇ってくれた。それで、ようやく分かったのよ。 キュルケは、私にとって本当に大切な人だって事に」 正確に言うならば、それは切っ掛けであり、本当に大切な友人であると確信したのは、後にキュルケの『記憶』を確認した時だが、そこまで伝える理由など無い。 「貴方は・・・・・・もう、彼女を殺すつもりも、才能を奪うつもりも無い?」 「決まってるじゃない。友達にそんな事出来ないわよ」 堂々と宣言するルイズの瞳は、先程の殺意は微塵も感じられず、高潔な輝きが見て取れる。 タバサには分からなかった。 あの戦いの時の、まるで世界全てを憎むかのように嘲笑していた少女。 それとも、今、目の前で、真っ直ぐ過ぎる瞳をしている少女か。 タバサには、分からなかった。 一体、どちらが本当のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのかが。 どちらが本当なのか、或いは、どちらも本当では無く、今だ彼女には隠された本当が存在するのか。 そこまで考え、タバサは頭を振った。 違う、今はそんな事を考えている時では無い。 今、ここに居るのは、目の前に佇む者に問うべき事柄があるからだ。 「訊ねたい・・・・・・事がある」 本題を切り出す。 訊ねなければならない事柄。 確認しなければならない事象。 「精神的に壊れていた彼を、貴方は治した・・・・・・どうやって?」 要約し過ぎた問い掛けに、ルイズは首を傾げた。 彼とは誰か? それに治したとは? 自分は、果たしてそんな事をしたのだろ――― 「―――あぁ、ギーシュの事ね。 何、あいつを治した事が、どうかしたの?」 別段、特別さを感じる事の無い抑揚の声に、彼女にとって、ギーシュを治した事が、本当になんでも無い事である事を表している。 「貴方が・・・・・・彼を治した?」 「正確に言えば、私じゃあ無いわ。こいつよ」 そう言って指し示す方向には、二つの月明かりに照らされたホワイトスネイクが銅像のように微動だにせず、ルイズとタバサ、二人を視界に収める形で立っていた。 「貴方の使い魔が、彼を治した?」 「そうよ」 「どうやって?」 「どうやってって・・・・・・」 怪訝な顔付きで、ルイズは疑問を投げ掛け続ける少女を見る。 授業なので見かける彼女は、無口を極めたように何事も語らない事が多い人物だ。 だと言うのに、今の饒舌めいた問いは一体なんだと言うのか。 「ねぇ、逆に聞くけど、どうして治した方法を知りたいの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ここまで彼女が熱心になる理由をルイズは尋ねたが、帰ってきた答えは沈黙だった。 答えたくない。 もしくは、踏み込まれたくないか。 大方その辺りだろうと、当たりを付けたルイズは、敢えて答えを促さなかった。 言いたいのであれば、彼女は語るだろうし、言いたくないのであれば語らない。 確かに少し気になる事ではあるが、飽くまでそれは少しだけの興味だ。 何も、無理矢理に聞きたくなる程では無い。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙が続くタバサに、ルイズはホワイトスネイクに視線だけで合図を交わす。 ホワイトスネイクは微動だにしなかった身体を動かし、タバサへと近づいていく。 「アノ男ハ、治ッタノデハ無イ。忘レタダケダ。 マァ、広義的ニ見レバ治ッタト言ウ表現モ間違イデハ無イガナ」 「治ったのでは無い―――?」 静かに語りかけるホワイトスネイクに、タバサは呆然と語りかけられた言葉を反芻する。 「ソウダ、治癒トハ、根源ニ病巣ガ無ケレバ成リ立タナイ行為ダ。 ツマリ、新シク、治癒ト言ウ『記憶』デ病巣ヲ上書キシタト言ウコト。 私ガ、アノ男ニ行ッタ事ハ、治癒トハ、マッタクノ逆ニアタル。 私ハ上書キスルノデハ無ク、ソレマデノ『記憶』ヲ病巣諸共奪ウ」 「・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・」 「人間ハ『記憶』ニ異存スル生キ物ダ。自分ノ体調ハ勿論、ソノ他ノ事柄モ全テナ。 酒ヲ呑ンデイナイ人間ニ、酒ヲ呑ンダト言ウ『記憶』ヲ与エレバ、与エラレタ人間ハ、呑ンデモイナイ酒ニ酔ウダロウ。 ツマリ、ソウイウ事ダ。『記憶』ヲ抜カレ、自分ガ壊レタ事スラ忘却サセレバ、人ハ壊レル前ノ『記憶』ニ基ヅイタ人間ヘト戻ル」 完全なる忘却。 今まで歩いてきた道を奪い、壊れてしまったその時まで強制的に引き返させる。 「治すのではなく・・・・・・戻す・・・・・・」 「ナルホド、物分リハ良イラシイナ」 納得するかのように頷くタバサに、ホワイトスネイクは感心からか、賛美を口にする。 なるべく簡単に説明したつもりであったが、まさか、こうまですんなりと理解してくれるとは、ホワイトスネイクも考えていなかった為にだ。 だが、そんな賛美は彼女にとっては関係無い。 理屈は理解できた。 予想していたモノとは、若干掛け離れた方法であったが、それでもタバサにとっては十分望み通りの働きをしてくれるだろう。 差し当たっての問題は、どのように頼むかだ。 生半可な言葉は恐らく通用しない。 いや、それよりも、自身を殺そうとした者の頼みなど果たして聞いてくれるのだろうか。 「何を考えているかは知らないけど、早くしてくれる。 朝っぱらから出掛けてた所為で、眠たいんだけど?」 見せ付けるかのように欠伸をするルイズを見て、決意を固める。 真っ向から正攻法で頼む以外、自分には道など無い。 キュルケに仲介を頼むと言う手段もあったが、このような事に彼女を巻き込みたくは無かった。 「貴方の使い魔に壊れる前の状態に戻して欲しい、人が居る」 「・・・・・・私は医者じゃないし、こいつも当然違うわ」 「彼の事は?」 「ギーシュの時は、才能を返すついでよ」 本当は、ギーシュとモンモラシーに同情していたキュルケの悲しそうな横顔を嫌って、壊れる前の状態に戻したのだが、そんな事をタバサに知られるのに抵抗があったルイズは、出任せを述べた。 「嘘」 ささやかな過ぎる程度の虚偽であったが、タバサは、その虚偽を見抜いていた。 「嘘じゃないわ」 幾分ムキになったかのように反論するルイズに、タバサは口を開こうとするが、止める。 先程と同じように、また脱線してしまっている。 元の道筋に修正しなければ。 「貴方が医者でも無ければ、私を恨んでいる事も知っている。 だけど・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・」 そこで一旦言葉を区切り、次に紡ぐべき言の葉を探すように中空へと視線を漂わす。 その間、ルイズもホワイトスネイクも、決して言葉を挟まず、タバサの口から紡がれる音を待っていた。 やがて、虚空へと向けられていた視線が、ゆっくりとルイズへと向けられた時、タバサは続きを口にする。 「例え、それがどんな苦難がある事だろうと、私が出来る事ならなんでもする。 だから、お願い・・・・・・・・・・・・私の頼みを、聞いて欲しい」 言葉一つ一つに想いを込めた懇願。 その重さは、計り知れない程に重く、懇願されているはず立場だと言うのに、ルイズは息苦しさを感じてしまう。 「なんで、あんたがそこまで必死なのかは知らないわ」 息苦しさを紛らわす為に、ルイズは口を開く。 「人に言えない事情とやらがあるんだろうけど、私にそれを聞く気は無いわ。 そりゃ、気にはなるけど、あんたは話したくないから故意に伏せてるんでしょうからね。 他人が話したく無い事を無理に聞き出すような野暮な真似、私はしないわ」 最も、自分に対しての事柄は、これには当て嵌まらないが。 「ともかく・・・・・・あんたが、そこまで必死に頼んでくるなら、私も考えないでも無いわ」 何も減るものでは無いし、頼みを聞くのは構わなかったが、ルイズは一旦、そこで言葉を止めて考える。 相手は、自分の事をあそこまで傷つけたメイジだ。 あの時、キュルケから才能を奪った事は間違いだと認めるが、 だからと言って、ボコボコにされたのを忘れろと言うのは無理な話である。 早い話が、ルイズはタバサに対して一泡吹かせてやりたいと思ったのだ。 「頼みを・・・・・・聞いてくれる?」 「まぁね、でも、条件があるわ」 そこで、ルイズは首に手を当て、考えた。 どのようにすれば、目の前の少女に付けられた傷の鬱憤を晴らせるのか。 才能を捧げさせる事が真っ先に頭に浮かんだが、忌々しい事に、この娘はキュルケと仲が良い。 (何か・・・・・・何か無いかしらね) キュルケの中で自分の株が落ちる事無く、尚且つ、相手に自分と同じぐらいの痛みを与える方法。 言わば、直接的でなく、少女が自発的に行う形の苦痛。 ホワイトスネイクの能力使用が頭に浮かぶが、万が一にも頭部からDISCが抜け落ちたりすれば、事が露見する危険性がある。 かと言って、他に思いつく方法も無いが。 (他人にバレても良いDISC? そんなものある訳無いじゃない) 露見しても、別段罪に問われないのは、相手に有益になるモノだけだ。 ホワイトスネイクのDISCにそんなものなどあるはずが―――――― 「あっ」 思わず漏れてしまった単音に、ルイズは思わず手で口を塞ぐ。 それは、咄嗟に浮かべてしまった、あまりにも邪悪な笑みをきっちりと隠していた。 「これを・・・・・・あんたが使いこなせるようになったら、あんたの頼みを聞いてあげる」 その言葉と共に、ルイズはタバサへ一枚のDISCを投げる。 「これは・・・・・・」 投げられたDISCの表面には、右半身が砕けた人型が映っている為、ギーシュの頭から落ちたDISCとは、何かが違うと言うのは、タバサにも理解できた。 (ルイズ) (何よ?) 厳しい面持ちでDISCを見つめているタバサを横目に、ホワイトスネイクの幾分焦れたような声がルイズの頭に響く。 (何ヲ考エテ、アレヲ渡シタノカハ知ラナイガ、今スグニ考エ直シタ方ガ良イ。 アレハ、他者ニ渡シテ良イ程、生易シイ力デハ無イ) (それは使いこなせたらの話でしょ? 確かに、こいつは強いけど、アレを扱えるかって言うと、また別問題じゃない?) なんやかんや理屈を付けてはいるが、要するに、ルイズはタバサが無様に吹っ飛ぶ姿が見たいのだ。 あの時、自分が、あのDISCを挿し込み吹っ飛んだように。 「それに入ってるのは、簡単に言うと使い魔みたいな存在よ。 スタンドとか言う種族だけど、扱えれば並の魔獣、幻獣なんかより、よっぽど強力って言うね」 ルイズの何処か楽しげな説明に耳を傾けつつ、タバサは、これが果たして安全かどうかを思慮していた。 確かに、ギーシュの頭から落ちた物とは違うのは見て分かるが、それでも得体の知れない物である事に変わりは無い。 最悪、相手がこちらを謀殺しようとしている可能性もある。 タバサは、ちらりと、自分の後ろで夜空を見上げている使い魔にアイコンタクトをする。 ギーシュの時は、頭部に強い衝撃を与えたら、原因と思しき円形の物体が出てきた。 ならば、もし、自分が死ぬような暗示が、この円形の物体に入っていたとしても、シルフィードに尻尾で自分の頭を殴らせれば良い。 多分、凄く痛いだろうけど。 すぅ、と息を吸い込み、タバサは覚悟を決めた。 「はぐぅ―――ッ!」 頭部が裂け、その間に形ある物挿し込まれていると言うのに、痛みは不思議と無かった。 だが、それでも、得体の知れない奇妙な物体を自分の頭に入れていると言う事実が、タバサの口から声を漏れさせた。 そのあまりに嗜虐心を刺激する声に、ルイズは思わず生唾を飲み込む。 「――――――ンッ」 艶かしさとは、また違った色気を纏ったタバサだったが、頭部に完全にDISCが挿入されると、様子が一変した。 パクパクと酸素を求める金魚のように口を開閉しながら、両手で胸の辺りを押さえ始めたのだ。 「きゅい~」 尋常で無い様子に、彼女の使い魔の風竜は心配そうな声で鳴くが、タバサは喘ぎながらも風竜に大丈夫と告げる。 (ちょっと!!) タバサのそんな様子に、ルイズは不満たっぷりの声をホワイトスネイクに掛ける。 (どういうことよ!! なんであいつは苦しそうな顔してるだけで吹っ飛ばないのよ!! おかしいじゃない!!) 予想とは違った光景に文句を吐くルイズであったが、ホワイトスネイクは言葉を返す事は無く、油断の無い目つきで、タバサを見据えている。 相変わらず、タバサは何かを耐えるように両手で胸を押さえ込んでいた。 「ちょっと返事ぐらいしなさいよ!!」 何時までもホワイトスネイクから返答が来ない事に、腹を立てたルイズが、思わず怒声を上げてしまうが、それはこの状況において取ってはいけない行動の一つだった。 「ダメッ!!」 タバサの悲痛な叫びに、ルイズは何がダメなのよ! と叫び返そうとしたが、口が動かない。 (なっ!!) いや、口だけでは無い。 喉も、瞼も、指も、足も、何もかもが動かない。 (何よ、これ!?) 自分だけでは無い。ホワイトスネイクも、あの風竜も、草も、雲も何もかもが『静止』している。 静寂と停止を約束された世界。 その中で動くのは、今にも泣きそうなぐらいに苦しげな表情をしているタバサと、何時の間にか彼女の横に立っていた、黄金色に輝く右半身が欠けた人型のみだった。 (あいつ・・・・・・ホワイトスネイクと同じ感じがする・・・・・・) 身体が動かないと言う危機的な状況であると言うのに、ルイズはそんな事をぼんやりと思っていた。 だが、次の瞬間に身を固くする。 人型が、ゆっくりとルイズへと向かって動き始めたのだ。 ゆらりゆらりと、人型が動く中、ルイズは喉一つ動かせず、唾液を嚥下することすら出来ない。 (やばいわね・・・・・・このままだと) さっき、ホワイトスネイクに言われた言葉が、今になってようやく分かった。 なるほど、確かにこれは他者に渡していいような力では無い。 他者を動けなくする能力とでも言うのか。 あらゆる者を停止させ、その中を自分だけが動ける。 (圧倒的じゃない) ホワイトスネイクが最強と呼んでいたのも納得する。 戦う者として、これほどまでに圧倒的な能力は存在しない。 「―――ダメッ!」 タバサが呟いた言葉に、思考に集中していたルイズは、黄金色の人影が自分の目の前にまで到達し、尚且つ、隻腕を振り上げている事に気がついた。 (マズいマズいマズいマズいマズいマズい!!!!) 能力の考察などしている暇では無い。 今すぐにこの力から逃れ無くてはならない。 でなければ、自分はあの隻手で土手っ腹に風穴を開けられてしまうと言う、考えるのもおぞましい結末になってしまう。 必死に拳から逃れようと、身を捩ろうとするが依然として静止空間は続いている。 (動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動きなさい!!) 必死の祈りが通じたのか、拳が腹部を貫く寸前に空気が、風が、そして身体が動き始める。 「動けェええぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇ!!」 喉も動くようになり、ルイズの口からは思考とまったく同じ形の意味が声となり周囲に木霊する。 『無駄ァァァ!!』 しかし、その動きすら砕くと言わんばかりの拳圧が彼女の横っ腹に喰らいつく。 「―――ッ!!」 痛みに顔を顰めるルイズであったが、幸いにして脇腹の肉が多少削げた程度と軽傷であった。 ギリギリだった。 後、もうほんの少し、静止空間が続いたなら、かすり傷どころの話では無かっただろう。 安心するのも束の間、ルイズは無理な体勢になった為に倒れてしまった身体を起こす事も無く、即座に人型の砕けている右半身の方向へ転がる。 服が汚れるのも気にしない。命には代えられないからだ。 転がり、人型の背後へと回りこむと、ホワイトスネイクの手を借り一瞬で体勢を立て直し、杖へと手を伸ばすが、詠唱を開始したところで、ホワイトスネイクの腕が顔の前に出され、その動きを制止した。 (落チ着ケ。ソシテ、良ク見テミルトイイ) 頭に直接響いてくる声に、ルイズは杖に手を掛けたまま、自分の脇腹を掠め取っていった人型を見る。 『無駄アァァァァァ!!』 相変わらず人型は、奇妙な叫び声を上げつつ拳を振り上げ、渾身の力を持って殴りつけていた――――――壁を。 「はっ?」 察し難い人型の行動に、ルイズは思わず呆けたような一声を発してしまう。 いやいやいや、少し落ち着きなさい私。 ほら、息を吸って、吐いて、吸って、吐いて――――――さぁ、もう一度。 『無駄無駄無駄無駄!!』 やっぱり壁を殴っている。 あんなに圧倒的な力を持っていながら、何故に壁を? 理解の範疇を超えまくってる光景に、ぽつーんと突っ立っていたルイズだったが、後ろから聞こえてきた、呻くような声に振り返る。 人型の後ろに回りこんだと言う事で、ルイズは人型とタバサの丁度中間点に居た。 と言う事は、つまり、後ろから聞こえてきた呻き声の持ち主は、蒼色の髪の少女でしか有り得ない。 「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァハァ・・・・・・」 「ちょっと、大丈夫?」 先程から額に汗を浮かべ、呼吸を荒くしているタバサに、ルイズは不機嫌な声ながらも体調を気遣うような発言をする。 無論、ルイズにはタバサの体調を心配するような殊勝な心がけなど一切無く、所謂、社交辞令のようなものだ。 本音を言うと、そのまま、くたばってしまえば良いのにとか考えていたが、それはそれで面倒な事になる。 そんな事をルイズが考えている中で、一際大きな音が、人型が殴っている壁から聞こえてきた。 どうやら、断続的な拳打に耐えられず、とうとう壁が崩壊したらしい。 「あ~、もう! どうしてこうなるのよ!!」 下手をしたら、また謹慎期間が延びてしまうであろう事態に、ルイズは心底苛立った声を上げる。 本当なら、タバサが吹っ飛んだ姿を拝んだ後に、即座に自室のベッドで寝息を立てているはずが、どういう訳か、怪我も増え、おまけに大切な睡眠時間も刻一刻と減っていく。 ままならないとは、まさにこんな事を言うのだろうとルイズは思ったが、よくよく考えてみれば、自分が横しまな考えを抱かず、タバサにDISCを渡さなければこんな事態にはならなかったのだ。 つまり、今のルイズの状況は完全に自業自得であったりしたが、その考えにまで至った所で苛立ちは治まらない。 むしろ、膨れ上がるのがルイズの性格であった。 「とりあえず、あんたはさっさとあいつを消しなさい!」 顔色が青くなりだしたタバサに、一階の壁を破壊し尽くし、今度は一階の破壊の影響でヒビだらけの二階の壁を殴り始めた人型を消すように声を掛けるが、タバサからの返事はゼィゼィと喘息患者がするような呼吸音だけだ。 「ルイズ・・・・・・ドウヤラ彼女ハ、ソレ所デハ無イヨウダガ」 「そんな事は分かってるわよ」 あっけらかんとしたルイズの態度に、ホワイトスネイクは肩を竦める。 「何モ、消スヨウニ命ジナクトモ、私ガ、マタDISCニ戻セバ良イダロウニ」 呆れたように呟くホワイトスネイクの言葉に、ルイズは一瞬硬直した。一瞬だけ 「そんなことが出来るならもっと早くやりなさいよ!!」 次の瞬間には、顔を真っ赤にして自分の使い魔へと怒鳴りつけていた。 怒鳴りつけられたホワイトスネイクは、タバサの頭からスタンドDISCを、即座に引き抜く。 その一動作で、今まで破壊の限りを尽くしてきた右半身の砕けた人型は、何の余韻も残さずにキレイさっぱりこの世界から消失した。 大規模な破壊の爪痕を残したまま。 「どーすんのよ、これ」 途方に暮れて呟くルイズであったが、どうにもこうにもなるはずが無い。 一階は言わずもがな、見ると、五階にある宝物庫の壁にまで見事にヒビが入っている。 「きゅいきゅい」 ぐったりとしているタバサを器用に自分の背に乗せた風竜が、これまた器用にルイズの肩を翼でぽんぽんと叩く。 恐らく慰めているつもりなのだろうが、今のルイズにとっては煩わしい事、この上ない。 「止めなさい」 「きゅいきゅい」 「止めなさいってば」 「きゅ? きゅきゅきゅい!!」 「だから、止めなさいってば!!」 しつこい慰めに、怒声で返答したルイズだったが、すぐにその身体はホワイトスネイクによって竜の背に吹っ飛ばされる。 「なっ!?」 主に手を上げた!? と頭に血が一瞬で上ったが、目の前に飛び込んできた光景に、ルイズは、ただ口をあんぐりと開けるしかなかった。 土の塊が、音も無く蠢き、全長30メイルにもなるゴーレムが誕生しようとしている光景が、そこには存在していた。 フーケは、舞い降りた幸運に小躍りでもしたい気分だった。 宝物庫の弱点である物理的衝撃について考えあぐねていたフーケの前に現れた二人の少女。 どちらにも見覚えのあったフーケは咄嗟に身を隠し、その場を観察していたが、 やがて、一人の少女が苦しみ始めると、突然現れた亜人が学院の壁をどんどん壊し始めたのだ。 その衝撃的な光景に、思わず呆けてしまったが、その亜人がどんどん壁を壊していくのを見るにつれて、フーケは思いがけない幸運が舞い込んだ事に気がついた。 どういう訳か、特別に頑丈に作られ『固定化』の魔法まで掛かっている学院の壁を、隻手隻脚の亜人は、いとも簡単に壊している。 その破壊は、放射状にヒビを発生させ、そのヒビ割れが宝物庫まで届くと同時に、もう一人の少女の使い魔が、苦しみ始めた少女に何事かをすると、壁を破壊していた亜人は、一瞬にして消えてしまった。 「なんだか知らないけど、これはチャンスなのかねぇ」 自分のゴーレムでは無傷の壁を破壊するのは不可能だが、ヒビの入った壁となれば話は違う。 ニヤリと歪められた口から詠唱が紡がれる。 それは、魔力と土を媒介とし、彼女の目的を果たす為の存在を作り上げるのであった。 「何なのよ、もう!!」 空へと舞い上がったシルフィードの背中で、ルイズは思い通りにいかない事態に、金切り声を上げていた。 彼女の眼下では、ヒビが入り脆くなった壁に、ゴーレムがトドメを刺している。 「宝物庫」 顔色は優れなかったが、なんとか意識を保っているタバサが、ゴーレムにより壊された壁の中に入り込む人影を見て、そう呟いた。 「宝物庫って・・・・・・それじゃあ、あいつ!?」 そういえば、モット伯の『記憶』DISCに、この頃、貴族相手に盗みを繰り返している土のメイジが居る事が記されていた。 確か名前は・・・・・・ 「『土クレ』ノ、フーケ・・・・・・ダッタナ」 シルフィードの前足に掴まっているホワイトスネイクが、その名を口にする。 『土くれ』のフーケ 貴族の屋敷の壁や金庫などを、錬金の魔法より、まさに『土くれ』に変えて盗みを働くと言う強力な土系統のメイジ。 また、錬金が効かない場合などは、攻城戦でも出来そうな巨大なゴーレムを従え、貴族や衛兵などを蹴散らし、目的の物を奪っていく。 まさに怪盗と呼ぶに相応しい人物なのであった。 眼下に居るゴーレムは、サイズから見ても、まず間違いなくフーケが作ったものであろう。 となると、次なるフーケの目的は、このトリステイン魔法学院の宝物庫の何かと言う事になる。 「この私の目の前で、盗みを働こうなんて随分生意気じゃない!!」 喜々とした表情でルイズが杖を振るうと、杖の回りの空気から水分だけが抽出され、巨大な水泡が生成される。 その水泡は、ふわふわとゴーレムの上空に漂っていき、一気に弾けた。 「よし!」 ゴーレムに確り水が被った事を確認して、ルイズは右手の杖を今度は、先程より激しく振るう。 乗り慣れたシルフィードの背で、どうにか気分が落ち着いてきたタバサは、今、ルイズが何をしようとしているのか、見当がついていた。 どうやら彼女は、土で作られたゴーレムに水をたっぷり染み込ませ、その水を操る事でゴーレムの操作系統を奪おうしているらしい。 最初は、あまりにも常識を逸脱した魔法の運用に、タバサは呆れたが、ゴーレムの動きが見る見ると鈍くなっていくのを目の当たりにすると、その呆れが間違ったものであると認めざろうえない。 「くっ―――」 ならば、自分も手伝う為に水をゴーレムに掛けようと杖を手にしたが、呪文を紡ごうにも、力が入らない。 原因は分かっている。先程のDISCの所為だ。 自分でも良く分からなかったが、あの半身の欠けた人型が現れている最中、自分の精神力や体力など、とにかく生きるのに必要なモノが、どんどん自分の身体から、人型に流れていったのが、感覚的に理解できた。 特に、あの静止した空間の消耗は半端では無かった。 正直な話、もし、あの空間が、ほんのちょっぴりでも続いていたら、自分は衰弱死していただろうとタバサは思っている。 一秒にも満たない程度の僅かな『静止』であったが、それだけでもタバサの身体に、信じられないぐらいの負担を掛けていたのだ。 「あんたは休んでなさい」 タバサの詠唱の気配を察知したのか、ルイズが下のゴーレムを見据えたままで、そう告げる。 確かに、今のタバサは呪文一つ、まとも唱えられないだろうが、だからと言って、目の前で行われる不正を見逃せるかと、問われればタバサは首を横に振るだろう。 「頑固なのね、あんた」 相変わらずタバサの方を見ないルイズであったが、言葉の韻に何処と無く今までに無い響きが混じっている。 が、次の瞬間には、全ての感情を一つの言葉にしてルイズは紡いでいた。 「ホワイトスネイク!!」 自らの使い魔の名を叫ぶその声にはどうしようも無い程の焦燥が込められており、それは―――――― 「仕留めた・・・・・・?」 シルフィードの眼下、ゴーレムの肩の上に戻ってきたフーケは、今、ゴーレムから放たれた岩石が風竜を絶命させたかどうかの疑問を口にしていた。 宝物庫から戻ってきてみたら、たっぷりと染み込んだ水によって動きを鈍くさせられていたゴーレムにフーケは歯噛みしたが、それが空を飛んでいる風竜の上に居る少女によって行われている事に気付くと、魔力をゴーレムの右腕に集中させ、壁の破片を対空砲火のように、風竜へと放り投げたのだ。 ただの岩石ならば、シルフィードも避けることも出来るのだが、フーケは投げる瞬間に、岩石を砕いていた。 その為、散弾銃のように拡散した石の雨に、シルフィードは晒され、無防備な腹にしこたま石の飛礫を喰らってしまったのだ。 「まぁ、こんなもんだろうね」 ゴーレムの動きが正常に戻った事を確認してから、フーケはそう呟き、さっさと学院から離れるように、指令を下すのであった。 「きゅぅ~~~」 「だあぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛がってないで、さっさと翼を動かしなさいよ、コラァ!!」 頭部への石は、全てホワイトスネイクに弾かせたが、それ以外の箇所に石がモロに入ってしまったシルフィードは、痛みのあまりに翼をはためかす事を忘れ、その身を重力に引かれ、地面に激突20秒前である。 「シルフィード!!」 叱咤するタバサの声に、ようやく翼を動かし始めるシルフィードであったが、翼にも石は当たっており、どうしても力強く羽ばたく事が出来ない。 「きゅいきゅいー!!」 言葉で表すとしたら、ごめんなさいと言うのが適切であろう鳴き声を上げるシルフィードが地面と落ちる寸前、その身体が宙へと浮く。 ギリギリで、ルイズが『レビテーション』の呪文が唱え終わったのだ。 危機を脱した事に安堵するシルフィードであるが、ルイズとタバサは、ゴーレムが城壁を一跨ぎで乗り越えるのを、唇を噛み締めながら見つめるしかなかった。
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管理人様、変なページの作成すいません。 リンク切れっぽいページの一覧です つかいま1/2 第一話 使い魔が来た ご主人様は承認せず! 後編 作品ページ名 ゼロの使い魔-02 リンクするページ名 ゼロの使い魔-03a ゼロの使い魔-09a 次ページ名 あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ 三つの『二つ名』 一つのゼロ-10 新約・使い魔くん千年王国 第四章 皇太子 これまでの「悪魔くん」のあらすじ hellouise-8 ゼロの使い-15 豆粒ほどの小さな使い魔-22 寄生獣ゼロ ゼロの探究 真説サムライスピリッツ・ゼロ ゼロの宇宙船日記 はだしの使い魔 3 ソーサリー・ゼロ第四部-16 次虚無と賢女 ゲーム帝国ハルゲギニア出張版 復活・使い魔くん千年王国 第十章 ティファニア スクライド・零-23 出来損ないの魔術師と改造人間-4 マジシャン ザ ルイズ 3章 (60) ザンキゼロ 00の使い魔 ◎◎◎ ゼロのアルケミストアルケミストアルケミストアルケミストアルケミスト ゼロのアルアルアルケミスト 夜天の使い魔 夜明けの使い魔 yes?ナイトメア0
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シエスタは、一週間前から幸せに包まれていた。 一週間前。 水場で洗濯をしている時に、挙動不審な少年を見つけたのが、事の始まりであった。 平賀才人と名乗った、その少年は最初、 ここ何処だよ! どうして月が二つあるんだよ!? つうか、メイド!? えっ? ヘヴン? とか、訳の分からない事を叫んでいたが、どうにか落ち着かせて話を聞いてみると、日本と言う場所から、ここに迷い込んできたらしい事が分かった。 恐らく、才人が他のメイドや魔法学校の職員に見つかっていたなら、彼にはまた違う未来が待っていたのだろうが、運が良かったのか、悪かったのか、才人が最初に遭遇したシエスタは、日本、と言う言葉に聞き覚えがあった。 シエスタの曽祖父が、口癖のように言っていた言葉が日本と言うらしい。 曽祖父の言葉を聞いていた祖父が、自分の息子、つまり、シエスタの父親に話し、父親がさらにそれをシエスタに話していたのだ。 少年に興味を持ったシエスタは、知り合いの中で一番偉い料理長のマルトーに、事の次第を話し、ここで雇ってくれるように頼み、才人がここで働けるように取り計らった。 その時に、気を利かした同室のメイドが別の部屋に移り、何故か才人と同室になってしまったのはご愛嬌である。 基本的に、二人とも、雑用の仕事で忙しい為に、夜に日本と言う場所についてと、才人曰く、別世界である、この世界について会話するのが、この一週間で新しく出来たシエスタの日課である。 そして……才人が二段ベッドの、上の方のベッドで眠っている中、もう一つ追加された日課をシエスタは行っている。 「うふ……うふふ……才人さんの手、とっても綺麗ですねぇ」 眠っていて気が付かない才人の手に頬擦りをして愛でるのが、シエスタの追加された日課だ。 この世に生まれてから見た中で、才人の手はシエスタの中で一番、綺麗で、肌触りが良かった。 昔からこうなのだ。 シエスタは、綺麗な手を見ると、つい触ったり、頬擦りしたくなってしまう。 無論、そんなことを我慢しないでやっていれば、今頃、両親はシエスタの事を水のメイジの元に連れていっただろう。 幼い頃のシエスタも、その事をおぼろげに理解しており、これまでずっと、その手に関する感情をシエスタは隠し続けていた。 だが、才人の手は、そんな我慢を丸ごと無意味であったと言うように、シエスタの手に対する感情のタガを完璧に壊してしまったのだ。 曽祖父の言っていた、日本と言う場所からやってきた少年。 それだけでも、シエスタにとっては特別な存在であるのに、手も完璧とくれば、シエスタでなくとも特別な感情を抱くのは吝かではない。 その浮ついた心が悪かったのだろうか。 ちょっとした、本当に些細なミスを彼女はしてしまった。 アルヴィーズの食堂で、食後のデザートを配っている最中に貴族が床に落としたビンに気が付かなかったのだ。 その貴族は、そのビンが元で、二人の女性からビンタを喰らい、両の頬を真っ赤に染め上げ、シエスタに食って掛かってきた。何故、ビンを拾わなかったのかと。 言い掛かりそのものの怒りを受け、シエスタはすっかり恐怖で萎縮してしまう。 確かに、ビンを気付かず拾わなかったのはシエスタの非だ。 しかし、拾った所でこの結末は結局変わらなかったじゃないかと、傍で見ていた生徒の内の何人かの賢い者達は思っていたが、所詮平民の娘が一人、怒鳴られているだけ。誰一人それを助けようとせず、逆にせせら笑っていた。 誰もがシエスタの味方をしない中で、ただ一人、同じくデザートを配っていた少年がシエスタを責め立てていた貴族に反論し始めした。 平賀才人。 あの素晴らしい手を持った少年である。 「イヤャァァァァァァァァァッ!!」 幸せが根本から崩れる音がする。その音を聞きたくなくて、シエスタは悲鳴を上げた。 彼女の視線の先には、吹き飛ばされる少年の身体。 その少年を吹き飛ばした青銅のゴーレムは、追撃はせずに主であるメイジの指示を待っている。 「強情だな、平民。這い蹲って、一言謝れば許してやると言うのに」 青銅のゴーレムを操るメイジ―――ギーシュ・ド・グラモンが、才人に呆れたように降伏を提案するが、 才人は立ち上がり――― 「絶対、嫌だ」 ファイティングポーズを取り、決闘の続行を態度で示す才人に、ギーシュはやれやれと首を振り、杖を振るう。 その動きと同時に青銅のゴーレム―――ワルキューレは動き出し、才人の顔や腹を手加減無しに殴り続ける。 ―――まるで、サンドバックだな。 シェイクされ続け、まともに機能しない脳でそう考え才人は苦笑した。 無論、殴られている顔の筋肉は、才人の意思通りに動かず苦笑を形作る事さえ出来ないが、もはやそんなことは関係無かった。 「俺、死ぬのかなぁ……」 暢気に呟いたその言葉は、口から出る事さえしない。 痛くて苦しい 辛くて泣きたい 自分がどうしてこんな風に殴られているのか、忘れそうになる。 なんというか、才人には予感があった。 こうなるのでは無いか。 見るも無残なまでに殴られ、顔は腫れあがり、喉は口から流れた血がこびりついて、動きさえしない。 そんな光景が一瞬、頭を過ぎったが、結局、自分は“此処”にこうしている。 思えば……あの予感がした瞬間に、自分は、こうなる『覚悟』をしていたのでは無いだろ―――――― 「グガッ!!」 骨にも、筋肉にも見捨てられた鳩尾に減り込むワルキューレの拳。 ―――効いた。 今のは正直、もう痛みになれたと思ってた身体に、思い上がるなと警告する痛み。 (激痛に、さらに二乗したような感覚だな) その痛みの所為か、鈍っていた思考がクリアになっていく。 おかげで、今、自分の頭に向かってくるワルキューレの蹴りがはっきりと見えた。 ―――まぁ、見えたからって避けられないんだけどな ゴンッ、と鈍い音が広場に響くのと同時に才人の身体は、宙を舞い……桃色の髪をした少女の足元へと辿り着いた。 他のメイジ達の笑い声が、ルイズには遥か遠くのように聴こえていた。 自分の足元に居る少年。 彼は先程まで、貴族に凛とした表情で挑み続け、今、ボロクズのように倒れ伏している。 ―――何なのよ……これは。 その倒れている少年を見ていると、ルイズは自分でも良く分からない感情が、自分の中に生まれている事を感じ取っていた。 それは憐憫か? それとももっと別の感情か? 判断は出来なかったが、これだけは理解できる。 認めたくない事だが、どうやらこいつは、平民の癖にプライドが、敵に媚びないだけの『覚悟』があるらしい。 前々からルイズは思っていた。 ルイズにとっての理想の貴族とは、姉であるカトレアである。 しかし、その姿勢と言うか物事に対する取り組みは長女のエレオノールを手本としている。 エレオノールは何時も凛とし、他者を寄せ付けない雰囲気を出していたが、それは反面、誰にも媚びない、真に誇り高い者が纏うオーラであった。 このようになりたい。 誰にも頭を下げず、誰からも認められる、長女のような貴族に…… そう、胸に秘めてルイズは生きてきた。 だが、現実は甘くは無い。 どうしてもプライドと折り合いを付けなければならない事態はあったし、誰かに頭を下げる事なんて、かなりあった。 故に、自分は今だ理想を体現出来ていない。 だと言うのに……平民でありながら、その理想を体現している者が、今、こうして目の前に現れているのだ。 怒りはあった。 平民なんかが、と言う思いも確かにあった。 けれど、それ以上に、ルイズはこいつに負けて欲しくは無いとも思っていた。 平民が貴族に勝てるはずなど無いのに、何故だか、そう思っていたのだ。 「ソレガ、今ノ君ノ望ミカ、ルイズ……」 主が望めば……その者は、スタンドは動く。 それが例え、実現不可能に近い事であろうと…… 「正直……コノ少年ヲ勝タセルノハ難シイ。ダガ、不可能デハ無イ」 淡々と語る使い魔の言葉に、ルイズは驚愕の表情をホワイトスネイクへと向ける。 「うそ……こいつ、こんなボロボロなのよ? 一体、どうやって勝たせるのよ?」 「ソウダナ……コレガ、勝利ノ鍵ダ」 そう言ってクルクルと左手で回転させているDISCと何処から盗んできたのか、 果物を切る為のナイフを右手に持つホワイトスネイクに、ルイズは、何か言い知れぬ違和感を感じていた。 何か足りない……? 今朝と、今のホワイトスネイクを比べると、何かが足りないようにルイズは思えたが、ホワイトスネイクが視線で訴えてきた。 一瞬で良い、隙を作ってくれと。 隙なんて、どうやって作れば良いのよ、とルイズは心の中で毒づいたが、一つ、名案が浮かぶ。 自分の欲求と彼の勝利。 二つを併せた完璧な案に、ルイズは心の中で笑った。 そうして―――――― 「その決闘、待った!!」 大声で決闘の停止を呼びかけた。 「その決闘、待った!!」 そんな声が、辛うじて残っていた右耳の鼓膜を刺激する。 刺激の元凶を探し、僅かに動く首を回すと、意外にもその刺激の持ち主は近くに居た。 桃色の髪をした少女……その勝気な瞳が、自分と戦っていた相手に向けられている事を 才人が気付いた時、才人は動かない唇を動かしていた。 「な……に……を……ごほっ」 していると続けたかったが、途中で傷付けられた胃から胃液が逆流し、口内の血と交わり朱染めの体液を吐瀉する。 その様子に、ルイズは少しだけ眉を顰めて 「あんた黙ってなさい!」 大声で、そう叫んだ。 なんというか、今の少女の声には有無を言わさない迫力があり、才人は吐いたままの姿勢で立ち尽くす。 座って休まないのは、今、座ったら、もう立ち上がれないからだ。 「なんだね、ルイズ。今は神聖な決闘の最中なんだ。 ご婦人は、大人しく下がっていてくれるかい?」 「残念だけど、そうも行かなくてね。 ギーシュ、私と賭けをしない?」 「賭け?」 生真面目なルイズの口から、そんな言葉が出た意外さにギーシュは不思議そうな顔をしたが、 ふむ、とだけ呟き、首を動かして先を促してきた。 どうやら、このまま抵抗も出来ない平民をボコボコにしても詰まらないと感じたのだろう。 ルイズは、相手が興味を覚えた事に対して、心の中でガッツポーズを取りながら、言葉を続ける。 「賭けの内容は……この平民が貴方に勝つか、どうかよ」 ルイズが宣言した内容に、周辺のギャラリーがざわつく。 所々で、正気か? ついに頭まで『ゼロ』に、とか色々と言葉が飛び交っているが、それを無視してルイズは言葉を続ける。 「そして、賭けるモノは、相手に一つだけ何でも要求をすることが出来る権利よ!!」 堂々と告げるルイズに、ギーシュは何を言ってるんだ、こいつは、と言う視線を送るが ルイズはそんな事関係ないとばかりに口を動かし続け、全員の注目を自分へと引きつける。 (さぁ……これで良いんでしょう、ホワイトスネイク。 ここまでお膳立てをしてやったんだから、必ずその平民を勝たせなさいよ!!) (無論ダ) 誰にも諭されないようにホワイトスネイクは音も無く、才人の後ろへと近づく。 ただの学生である才人には気配なんて感じることも出来ず、ホワイトスネイクの接近を許してしまう。 そうして ―――ズブリ、と頭部にホワイトスネイクの右手が突き刺さった。 (始メマシテガ、コノ場合ノ正シイ挨拶ダナ) (なっ、誰だてめぇ! ……あれ? 俺、声……出てる?) (ココハ、オマエノ精神ノ中……私ハ、直接オマエノ頭ニ語リカケテイル) (どーりで頭に響く訳だ。つーか、何の用だよ。今、忙しいだけど、決闘とか決闘とか決闘とかで) (問題ハソレダ……オマエハコノママデハ、負ケテシマウ所カ、死ンデシマウ。 オマエモ、幾ラ何デモ死ニタクハ無イダロウ) (そりゃあ……死にたくないに決まってるよ……だけど、あいつは、あいつだけはぶん殴らねぇと気が済まないんだよ) 才人は、知らず知らずのうちに歯噛みしていた。無論、顎など疾の昔に砕けているので、出来るはずなど無いのだが、この感覚だけの世界では、不思議と顎に力を入れることが出来ていた。 (……オマエハ、私ノ知ッテイル人物ニ良ク似テイル。 ソイツモ、オマエノヨウニ何度死ヌヨウナ目ニ遭ッタトシテモ諦メナカッタ。 私ハ思ウ。オマエニハ、奴ノヨウナ『黄金ノ精神』ガ宿ッテイル) (なんだそれ? 焼肉のタレの親戚か?) (イヅレ、オマエニモ分カル時ガヤッテクル。 イイヤ、モウ分カッテイルハズダ。 デナケレバ、コノヨウナ勝チ目ノ無イ戦イヲスルハズガ無イノダカラナ……) 段々と頭の中に響いていた声が遠くなっていく。 それと同時に、頭部に何かが入ってくる感触がする。 何かが自分の身体に馴染む感覚。 それが何なのか才人には分からなかったが、その感覚が、才人の意識を外界へと向けていき…… (最後ノサービスダ……オマエノ『痛覚』ヲDISCニシテ抜イテオイタ。 オ膳立テハ、ココマデダ。存分ニ、ソノ力ヲ、私ニ見セテクレ) 「さぁ、どうするの!? 賭けにノるのノらないの!?」 「良いだろう、その賭けにノらせて貰おう……これで良いかい、ルイズ? さぁ、早くそこを退いてくれ。その、平民にトドメを刺せないからな」 余裕の表情で、そう告げるギーシュ。 ルイズは、その言葉に満足げに頷きながらライン越しにホワイトスネイクへと話しかける (そっちはどう? 準備万端?) (何モ問題ハ無イ。ムシロ、君ハ奴ヲ殺サレル方ヲ心配シタ方ガ良イ) (ふぅん、予想以上になんとか出来たって訳……一体どんな記憶DISCを使ったのよ?) (誤解ガアルヨウダガ、今回、私ハ記憶DISCヲ使ッテイナイ) (はぁ? じゃぁ一体どうしたって――――――) 「行け、ワルキューレ! そいつの頭をかち割ってやるんだ!!」 本当なら、ギーシュは平民が謝ったら、すぐにでも決闘を止めるつもりでいた。 だが、中々謝らない強情な平民と、賭けを提唱してきたルイズによって、その考えは捨てるしかなくなっていた。 仕方なく、ギーシュはこの平民を殺す事にした。 別に平民を殺した所で、貴族には罪にならない。 彼ら貴族にとって、平民と言う肩書きがあるだけで人間では無いのだ。 だから、罪悪感など微塵も感じない。 まるで、ランプに集る小煩い羽虫を潰すような気軽さで、 ギーシュは―――真っ二つにされる、ワルキューレを見た――― 「「へっ?」」 間抜けな声をあげたのは、ギーシュとルイズの両名。 二人とも、目の前の現実が突飛過ぎて脳の処理限界を超えてしまったのだ。 誰が信じられる。 先程まで良いように殴られ続けていた平民が、たかだか果物ナイフでワルキューレの青銅の胴を切り裂いたなどと。 「――――――ッ!」 声など出ない。出してる暇も無いし、出す気も無い。 ただ、痛みも身体の限界も、力学も、空気抵抗も忘れて、才人は走り出した。 自らが標的と定めた敵へと向かって 「わ、わるキュー!!」 慌てて残りのワルキューレを出そうとするが、時すでに遅し、 物理法則を無視したかのような才人の速さは、一息の踏み込みでギーシュの懐へと入り込んでいた。 そして、喉に当てられる刃。 まるで、獲物に喰らいつく猛獣の歯のようにギラつくその刃にギーシュはすっかりビビってしまった。 「コ……降参する! 降参するから、命だけは助けてくれ!!」 だが、首からナイフの刃が外される事は無い。 「頼む……なぁ、頼むよ。謝るから、許してくれ……お願いだ」 ギーシュの懇願が効いたのか、それとも肉体的にすでに限界だったのか、 果物ナイフをギーシュの首元から外し、てくてくと才人は歩き出す。 そして 「あっ……」 殴られ続けた才人を見て、呆然としていたシエスタに笑いかけた。 その微笑みは、顔の筋肉が殴られた影響で腫れあがり、 まともに働かなかった為に随分と歪なものであったが、確かに笑っていた。 「――――――」 その笑顔のまま、口を僅かに動かし、才人の身体は、今度こそ地面に倒れ伏した。 「才人……さん……」 倒れた才人を見て、ペタンと座り込んでしまうシエスタ。 今までの出来事に対し、脳の処理能力が追いつかないのだ。 回りの貴族達も同様であった。 ただ、驚きの表情でこの決闘の一部始終を見つめているだけ。 そんな中で、ルイズとホワイトスネイクだけが正気に戻っていた。 と言うか、ホワイトスネイクは最初からの、この結末になることを知っていたし、ルイズはホワイトスネイクに声を掛けられて、やっと正気を取り戻したのだ。 平民が……貴族に本当に勝った…… ホワイトスネイクがどうにかして勝たせると言っていたが、まさか、こんなに圧倒的とは思っていなかったのだ。 ともあれ、なんとか再起動を果たしたルイズは、悠然とした動作を心がけてギーシュへと近づく。 その顔は、先程の才人が表現したかった満面の笑みで彩られている。 「さぁ、ギーシュ。賭けの清算をしましょう?」 なるべく穏やかに、なるべく優雅に、ルイズはギーシュへと話掛けるが、ギーシュは一度、身体をビクンと一度振るわせた後、ガタガタと肩を揺らし始めた。 最初、ルイズは首にナイフを突きつけられた恐怖に震えていると思っていた。 しかし、事実はまったくの逆。 ギーシュは、限りなく憤っていたのだ。 「ルイズ……この賭けは無効だ……」 腹の底から響かせるように、ギーシュは厳かにそう告げる。 この返答にルイズは、眉を顰めた。 何を言ってるんだ、こいつは。 平民に負けたら、強制的にギーシュの負けである。 なのに、無効とは…… 「何、ふざけたこと言ってるのよ!! 約束を守りなさいよ! あんたそれでも貴族なの!!」 「あぁ、貴族さ! 誇り高きグラモンの末弟にして、土のメイジだ! だから、だからこそ、本気を出せば、あんな平民如きに負ける訳が無い!!」 そう言って、ギーシュは杖を振るい、薔薇の花弁からワルキューレを六体作り上げた。 「あの時、僕のワルキューレは一体だった。 しかし、本来なら僕は七体のワルキューレを扱う事が出来るメイジだ! 故に、あの勝負は全力で挑んでいなかったとして無効だ!!」 速効で勝負を終わらしてしまった事が裏目として出てしまった。 ギーシュに、貴族に対して、平民に負けたと言うのは耐え難い恥である。 もしも、ギーシュが七体全てを出し切って負けていたのなら、こんな事にはならなかっただろう。 しかし、今の彼には逃げ道が、全力を出していなかったと言う“言い訳”が存在してしまっていた。 「憐れね……現実が信じられないからって、そんな逃げ道に走るなんて…… それでも、誇り高き貴族なの?」 本気でルイズはギーシュに対して憐れみを感じていた。 そう……次のギーシュの言葉を聞くまでは…… 「お前に貴族云々を言われる筋合いは無い!! 魔法も使えない癖に、ただ威張り散らすだけの『ゼロ』が!! ハッ、そうか……君、あの平民とグルだったんだろう? それで、魔法を使えない者同士、知恵を振り絞って僕を倒そうとしたんだろ? そうなんだろ? ハハッ、何が憐れだ。君の方がよっぽど憐れだよ。 さっきから貴族、貴族と……魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!」 普段のギーシュならば、こんな言葉を吐かなかっただろう。 だが、平民に自分のゴーレムを壊された事、そして、その現場を他の学生達に…… 特にモンモラシーに見られた事が、彼から余裕と―――危機感を奪っていた。 故に彼は気が付かなかった。 ルイズの握られた拳から、血が流れていた事を…… 誰かが、その、あまりにも強く、手を握り締めた為に爪が食い込み出血しているその拳を見れば、この後の事態を避けられたかもしれなかった…… しかし、運命は無情である。結局、誰一人、その事実に気が付かず、ルイズは一歩、確りと足を踏み出してしまった。 「ねぇ……ギーシュ……決闘しましょう…… 貴方は魔法を使っても良い。勿論、使い魔も良いわよ 私も使い魔を使わせて貰うから、そのぐらい許可するわ」 何の感情も込められていない言葉。 あまりにも怒りに、頂点を一巡して、無感情にまで辿り着いた怒りに、ルイズは静かに向き合っていた。 その様子に気が付いた者が、ギャラリーにちらほらと見受けられてきたが、ギーシュはそんなことに気が付かず 「良いだろう……だが、君は魔法を使えないから実質、君の使い魔のみが、 メイジである僕と戦うんだ。僕のヴェルダンディは出すまでも無いよ」 「そんなこと言わないで……だって、貴方、今度負けたら使い魔が居なかったら負けた…… とか言い出すに決まってるわ。なら、最初から使い魔が居た方が手間が省けるもの」 「何の手間だい? 君が僕に負けて地面に這い蹲って、泣いて部屋に帰る時の手間かい?」 その時は、勿論ヴェルダンディで部屋に送ってやるさ、と呟くギーシュにルイズはもう一歩近づく。 そして、本当に透明な声で…… 「いいえ……貴方の墓穴を掘る手間よ」 ゆっくりと告げた。 瞬間、ルイズの隣に立っていたホワイトスネイクの身体が弾けた。 否、“弾けたような速さ”でギーシュへと肉薄した。 スタンドとは本体の精神エネルギー。 例えば、一人の人間が100メートルを七秒で走れたとしよう。 それが、どれだけ感情を燃やした所で、その人間の限界。 そして、それが世界の法則。 肉体と言う世界に縛られた檻では、感情を幾ら燃やした所で、どうしても限界を超える事が出来ない。 だが、スタンドは精神エネルギーの結晶体。 肉体を持たず、世界との繋がりが緩いスタンドは、世界と言う檻に囚われず、時折、そのスタンドに予め決められていた性能の限界を超えてしまう。 無論、限界とは、それ以上、先へ進めないから限界である。 その為に、スタンドが成長して限界を超える際は、基本的に新たな能力の使い方に目覚める。 すでにして性能が限界に達していたスタープラチナが、限りなく『0』に近い静止した時間を動けるようになったように…… エコーズが、その姿を変えて、能力を変化させたように…… オアシスが、それ以上強くなれない肉体の為に、周囲を脆くする能力を身に付けたように…… だが、ホワイトスネイクは、新たな能力には目覚めなかった。 この世界では無い、世界。 スタンド使いが居た世界で、新たな能力に目覚めず、スタンドの基本性能を一時的に飛躍させ、誇張でも何でもなく『限界』を超えたスタンドが一体だけ居る。 シルバーチャリオッツ。 仲間を殺された怒りが、超えられるはずの無い限界を超えたように、 ルイズのホワイトスネイクもまた超えられぬはずのない限界を超えていた。 有り得ぬはずのスピード。 有り得ぬはずの精密動作 有り得ぬはずのパワー ルイズとギーシュの距離は10メートルは離れていた。 しかし、ホワイトスネイクはその距離を一瞬にして『ゼロ』にして、同時に六体のワルキューレを粉々に粉砕していた。 「ほら……これで貴方を守る存在はいなくなった…… ねぇ、本当に使い魔を呼ばなくて良いの? このままじゃあ貴方……」 ルイズの淡々とした言葉は、ギーシュの耳には届いていない。 何が起こったのか、さっきの平民所の話では無い。 ガチガチと歯がなる。 認められない。認められるはずが無いと。 「ヴェルダンデ!!」 自分の使い魔を呼ぶ。 ヴェルダンデは、主の望むままにルイズの足元に大穴を空け……動かなくなった。 「なっ……何を……」 「ん~、綺麗なDISCね。流石はジァイアントモール……主よりもよっぽど価値があるわ」 手に何か円形のものを持って、ルイズが呟く。 もう、訳が分からなかった。 この状況もそうだが、自分の近くに居たはずのルイズの使い魔が何時の間にか、ルイズの傍に控えている。 その様は、下される命令を待つ兵士のようであり……処刑の号令を待つ、死刑執行人であった。 「さてと……それじゃあ……奪わせて貰うわ……貴方の才能を……ね」 円形のモノを口に咥えたルイズが、つい、と指揮棒を振るように右手を振った瞬間に、ホワイトスネイクがギーシュの眼前へと現れ―――――― 「えっ……?」 訳が分からなかった。 全力で振りぬかれたはずの使い魔の右手は、自分の頭をぶち壊す訳でもなく、ただ通り過ぎてしまった。 これは……もしかしたらチャンスじゃないか…… ギーシュは、最後の最後で油断を見せたルイズを嘲笑った。 ルイズも、ルイズの使い魔も、すでにギーシュに背を向けていた。 その隙だらけの背中に、剣を創り飛ばそうと、ギーシュは呪文を唱えた。 が……それが形になることは無かった。 「な……なんで?」 「お探しのものは、これかしら?」 ルイズがギーシュへと振り向く。 その頭には、二枚になった円形のモノの一枚が、頭に突き刺さっていた。 「それは……」 「……貴方、自分から出たモノなのに分からないの? これは、貴方の魔法の才能……土のドットクラスなんてカスだけど、 まぁ、ありがたく使わせ貰うわ」 そう言って、ルイズはこれまで一度も触れなかった杖に触れ、大きく杖を振り上げた。 それに伴い、粉々になったはずのワルキューレ達が、次々に形を取り戻していく。 「中々、便利じゃない……」 感心したように呟くルイズに、ギーシュは、もう自分は、この化け物に勝つことが出来ない事を悟った。 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 「あぁ、そうそう―――あんたには出て行ってもらうわ」 気付かれた……この世で最も恐るべき存在に気付かれた。 ギーシュは気絶したかったが、襲い掛かる恐怖の波でそれすらも出来なかった。 ただ、震えてルイズの言葉を待つしかできない。 「出て…………行くって…………何処……に?」 「決まってるじゃない」 ルイズは、無感動に無感情に無慈悲に無意義に無意気に 「――――――あの世よ」 お前はこの世に価値が無い。 まるで、無為な者を見るような目で自分を見つめるルイズの視線に、ギーシュが目を逸らそうとした瞬間、目の前が塞がれた。 何かが、頭の中に入ってくる…… そんな感覚がしたかと思うと、ギーシュは自分の首を自分で絞めていた。 「ぐぇぇぇぇっ!!」 苦しそうに呻くが、自分の手だと言うのに、思うとおりに動かない。 「ギーシュッ!!」 ギャラリーの中で、心配で部屋に戻った振りをしてギーシュを見に来ていたモンモラシーがギーシュに近寄り、首に回っている手を外そうとするが……外れない。 「ギーシュ!! ……ギーシュ!! ルイズ、お願い!! 彼を助けてあげて!!!」 何をしたか分からないが、ルイズがギーシュに何かをしてこうなった事は分かっていたので、ルイズに助けを求めるが、 彼女はワルキューレに倒れ伏した平民を担がせて運ぼうとしていた。 呆然としていたメイドもついでに抱えている。 「お願い!! お願いよ、ルイズ!!!」 モンモラシーの嘆願に、ルイズは振り返りさえせず、ヴェストリの広場を立ち去ってしまった。 そうこうしている内に、ギーシュの顔色が青から土色へと変色していく。 もう余裕が無いのは明白だった。 「ギーシュ!! お願い、手を離して、ギーシュ!!!」 モンモラシーが泣き腫らした目と、枯れた声で叫んだ瞬間、彼女の耳に魔法の詠唱が届いた。 「エア・ハンマー」 風の槌がギーシュの頭を酷く叩く。 それによって、ギーシュは気絶し、手に込められていた力もあっさりと抜けた。 「タバサ!!」 普段寡黙でこんなイベントには来ないであろう彼女が来た事に対する疑問はあったが、モンモラシーは素直にタバサがここに居る事を喜んだ。 「ありがとう! 本当に……本当にありがとう……」 泣きじゃくるモンモラシーを余所に、タバサは天国に片足を突っ込んだギーシュへと近づく。 ギーシュの足元、そこに光る何かを見つけたからだ。 円形の形をした何か。 鍋敷きのようであるが、これが、ギーシュに自分の首を絞めさせた原因だろう。 タバサが、それを懐にしまうと、タバサの後を着いてきたキュルケが、ふらふらと広場に到着する。 ギャラリーが騒然となっている中、この騒ぎを起こしたのがルイズだと知ると、キュルケは自責の念で潰れそうになった。 ―――自分が……自分が引き金を引いた所為でこんな事に…… もう遅すぎる後悔が、彼女を絶え間なく責めていた。 第二話 戻る 第3.5話
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ガンダムキャラがルイズに召還されましたスレ まとめ 今日は - 人召喚されました。 昨日は - 人召喚されました。 現在までの召喚数は計 - 人です。 未掲載作品や新作などがあれば、有志諸君で協力して更新してくれると助かります。 新作掲載時は、五十音順へのリンクも忘れずに。 あくまで同名スレのまとめサイトです。wikiへの直接投稿はお控え願います。 検索 and or Q:あの作品がまとめに無いんですけど……。 A:気付いた人が積極的にやりましょう。 Q:他スレの作品をまとめてもいいっすか? A:スレ住人と書いた職人に確認とってからにしてくださいね。 Q:しまった!間違えて登録しちまった! A:ページ名の変更及びページ削除は管理グループにお任せ下さい。 Q:作品の元ネタが分かりません! A:申し訳ありませんが各自でお調べ下さい。 参考リンクゼロの使い魔(wikipedia) 現行スレ ガンダムキャラがルイズに召還されました 2人目 前スレ もしルイズが召喚したのがトレーズ様だったら 関連スレまとめリンク あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ (本家) ゼロの奇妙な使い魔 まとめ ゼロ使×型月クロスSSスレまとめwiki ハガレンのエドがルイズに召還されたようですまとめサイト@wiki 新世紀エヴァンゲリオン×ゼロの使い魔 ~想いは時を越えて~@ ウィキ